機関誌「非破壊検査」バックナンバー 2016年12月度

巻頭言

「超音波による非接触非破壊計測・先進評価技術」特集号刊行にあたって
   松田 洋一

レーザ超音波法は,遠隔の計測や広い範囲を効率良く検査することが可能な計測法であり,しかも高い空間分解能で広帯域であるという特徴を有しています。このため稼働中のプラントや橋りょう・トンネルといった社会インフラの安全性や信頼性の診断・評価,高温や高圧力・真空・高線量などの極限環境下や微小な領域の材料評価への応用等が期待され,研究開発が進められてきました。
 当協会では1996 年に「レーザ非破壊試験研究会」(山中一司主査)が設置され,レーザ超音波の基盤技術やその非破壊計測への応用に携わる研究者・技術者の交流の場として発展的に活動が継続されてきました。本誌においても,レーザ超音波に関する研究会の成果について2000 年49 巻5 号および6 号に「レーザ超音波の基礎と応用ⅠおよびⅡ」が連載され,その後も2002 年および2008 年,2014 年に特集号が刊行されています。
 2013 年には,本協会主催の「第3 回レーザ超音波と先進計測に関する国際会議」(3rd InternationalSymposium on Laser Ultrasonics and Advanced Sensing;LU2013)が横浜市の赤レンガ倉庫で開催され,大変好評でした。本誌2014 年の特集号で東北大学の山中一司教授と長岡技術科学大学の井原郁夫教授が指摘されているように,LU2013 ではレーザ超音波が学際的な計測技術であることを考慮して,(1)ガイド波,(2)非接触計測(空中・電磁超音波),(3)マイクロ/ナノ計測(マイクロセンサ,超音波顕微鏡等),(4)非線形計測(高調波,分調波)など周辺の先進計測の分野が対象として加えられました。
 2014 年4 月から2016 年3 月の「超音波による非接触非破壊計測・先進評価技術研究会」でも,LU2013での対象分野を継承しています。研究会では,レーザ超音波に加えて空中超音波,電磁超音波,光音響法をはじめとする非接触超音波法を用いた大型構造物や構造材料,生体内部の非破壊計測・イメージング技術,ガイド波,マイクロ/ナノ計測,高性能かつ小型のレーザ開発とその非破壊計測への応用等について,最先端の話題をご提供いただき議論しました。また,「材料の非線形現象を利用した非破壊評価研究会」(林 高弘主査)と研究会を共催しました。
 本特集では,これらの研究会でのご講演とその関連事項に関して,9 件の解説記事をご執筆いただき した。具体的には,「ImPACT プログラムにおける超小型レーザの開発と非破壊検査への応用」について(国研)科学技術振興機構の佐野雄二氏らに,「レーザを用いたコンクリート構造物の欠陥検査技術」について(公財)レーザー技術総合研究所の島田義則氏らに,「Zero-Group-Velocity ラム波を用いた接着試験片の接着性状の評価の試み」について青山学院大学の長 秀雄氏らに,「レーザ弾性波源走査法を用いた薄板材料の損傷画像化」について京都大学の林 高弘氏に,「構造ヘルスモニタリングのための超音波横変位センサ」について長岡技術科学大学の松谷 巌氏らに,「内閣府プログラム・革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)「イノベーティブな可視化技術による新成長産業の創出」について」について(国研)科学技術振興機構の八木隆行氏に,「ボールSAW センサ −開発の背景と最近の進展−」について東北大学の山中一司氏に,「完全非接触光音響法を用いた生体内血管映像化技術の基礎検証」について(株)東芝の山本 摂氏らに,「中赤外レーザ光源を用いたCFRP の非破壊評価技術の開発」について(国研)物質・材料研究機構の草野正大氏らにそれぞれ執筆をお願いしました。本特集が超音波を用いた非接触非破壊計測や先進計測技術の発展につながれば幸いです。
 最後に,本特集号の企画にあたってご協力いただいた執筆者の方々ならびに関係各位に深く感謝申し上げます。

 

解説

超音波による非接触非破壊計測・先進評価技術

ImPACT プログラムにおける超小型レーザの開発と非破壊検査への応用
  (国研)科学技術振興機構 佐野 雄二、三浦 崇広、中山 通雄、北村 一夫

Development of Ultra-Compact Lasers and Applications to NDE in ImPACT Program
Japan Science and Technology Agency Yuji SANO, Takahiro MIURA, Michio NAKAYAMA
and Kazuo KITAMURA

キーワード: イノベーション,X線自由電子レーザ,パルスレーザ,超小型化,レーザ応用,非破壊検査

はじめに
 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)は,実現すれば産業や社会のあり方に大きな変革をもたらす革新的な科学技術イノベーションの創出を目指すものであり,内閣府総合科学技術・イノベーション会議の主導で進められている。このプログラムは2014 年に創設され,2018 年度までの五ヵ年計画でハイリスク・ハイインパクトな挑戦的研究開発を推進している*)。
 ImPACT の1 つである「ユビキタス・パワーレーザによる安全・安心・長寿社会の実現」は,X線自由電子レーザ(XFEL)を超小型化するための基盤技術の確立と,高出力のパルスレーザの超小型化および実用化を達成することにより我が国の研究開発と産業の飛躍的な競争力向上を図るものである)。

 

レーザを用いたコンクリート構造物の欠陥検査技術
  (公財)レーザー技術総合研究所 島田 義則、オレグ コチャエフ、倉橋 慎理、北村 俊幸

Development of Defects Detection Technique for Concrete Structure Based
on Laser Remote Sensing
Institute for Laser Technology Yoshinori SHIMADA, Oleg KOTYAEV, Shinri KURAHASHI
and Toshiyuki KITAMURA

キーワード: レーザ,非破壊検査,コンクリート欠陥,高速検出

はじめに
 近年,高度成長期に建設された構造物が老朽化し,維持管理技術の確立は大きな社会的問題となりつつある。構造物の老朽化による事故を未然に防ぐためには,構造物の全体の定期検査が望まれる。
 現在の定期検査手法として打音検査法1)が主に行われている。しかし,この手法は,人的および時間的な面でコストがかかることや客観的データに乏しいこと,更に以前の検査と比較した劣化進行状況(経年劣化)が得にくいことが問題である。これらの問題を解決するため,低コスト,高速高精度な検査方法を開発することが求められている。
 打音検査法に代わる検査方法としてレーザを用いた打音検査法(レーザ法)がある2),3)。レーザ法は遠隔かつ非接触で対象物の検査が行えるため,探傷箇所の高速移動が可能であることや,コンクリート曲面の計測が容易に行えることが利点である。
 図にトンネル覆工コンクリート検査をレーザ法を用いて行う場合の概念を示す。装置を車両に積載し,自走しながらコンクリート全断面を検査する。この方法は他の手法と違いトンネル中央からレーザを照射することで検査面に近接することなく検査を行え,ミラーを回転させることで広い面積を短時間で検査することができる。

 

Zero-Group-Velocity ラム波を用いた接着試験片の接着性状の評価の試み
  青山学院大学理工学部 長 秀雄、矢口 雄大、近畿大学工学部 伊藤 寛明

Estimation of Bond Quality of Adhesive Plate with Polymer Agent using
Zero-Group-Velocity Lamb Waves
College of Science and Engineering, Aoyama Gakuin University Hideo CHO and Yudai YAGUCHI
Faculty of Engineering, Kindai University Hiroaki ITO

キーワード: ラム波,超音波計測,高分子接着剤,接着性状評価

はじめに
最近では多くの構造物に従来の溶接やリベットなどの接合部の置き換えや補強のために高分子系の構造用接着剤の使用が期待されている。接着剤は構造物の軽量化や接合面積の増加による接着面の高剛性化が可能なうえ,接合作業を簡便化ができる利点があるが,安全な使用には接合状態(接着層厚さや強度)の健全性を保証する必要がある。従来,接着せん断強度の測定には破壊試験が用いられてきた。しかし,供用中の製品や設備において接着性状を評価するには非破壊的評価が必要である。いままでに,超音波を用いて非破壊評価する方法も数多く提案されている3),4)。その中でも最近では群速度が0 のZero-Group-Velocity(ZGV)ラム波を用いた接着性状評価が期待されている5)−7)。そこで本解説ではZero-Group-Velocity ラム波の特性を簡単に説明するとともに,ZGV ラム波を用いて二枚の金属板をエポキシ樹脂系接着剤で接合した時の接着性状の評価を実験室で試みた結果について説明する。今回は,接着性状は金属板の接着面の表面粗さを変えることで接着剤の物性を変えずに故意に変化させ,その時のZGV ラム波の挙動と接着力の関係から接着性状の評価を検討した。また,接着界面に発生した微小な欠陥の影響についても検討を行った。

 

レーザ弾性波源走査法を用いた薄板材料の損傷画像化
  京都大学 大学院工学研究科 林 高弘

Defect Imaging for Plate-like Structures using a Scanning Laser Source Technique
Kyoto University, Graduate school of Engineering Takahiro HAYASHI

キーワード: レーザ超音波,ガイド波,損傷画像化,非接触,薄板

はじめに
 石油化学工場や発電所,製鋼所などのプラントには,パイプやタンクなど維持管理のため定期的な検査を必要とする大型構造物が無数に存在している。また,航空機の胴体や翼,自動車の外板接合部などの最終製品においても,品質維持のために検査を必要とする薄板状構造は多い。一般に,外表面は目視検査により異常の有無を容易に診断することが可能であるが,内部の損傷はX 線や超音波を利用して検査される。中でも超音波パルスエコー法による検査は,簡便に精度良く損傷の有無や板厚を測定できる手法として広く利用されている。しかし,この超音波パルスエコー法では,一度の計測で超音波探触子を接触させた直下の小さな領域のみを検査するので,大型の構造物全体を検査するためには膨大な時間と労力を要する。
 そこで,薄板状材料を伝って伝搬するガイド波を用いた高効率検査手法が開発されるようになった1)−4)。ガイド波は,板厚よりも長い波長の弾性波を薄板状材料に入射した場合に現れる板に沿って伝搬する弾性波モードの総称である。無限媒体中を伝搬するバルク波に比べ,拡散減衰が小さいため,長距離を伝搬する特性がある。その特性を生かし,数十cm から数m の距離をガイド波を伝搬させ,損傷からの反射波を取得するガイド波パルスエコー法が圧延鋼板の検査などで利用されるようになった。近年ではパイプや鉄道レールの検査への適用が進められている。しかし,ガイド波をより長距離伝搬させるためには,減衰の小さい低周波数帯域を利用する必要があるが,低周波数帯域の利用によって小さな損傷では回折してしまい,エコーが計測できないという問題に直面する。つまり,ガイド波パルスエコー法において長距離計測と損傷検出が両立しないことが多い。
 そこで,著者らはレーザ弾性波源走査法(Scanning LaserSource technique:SLS)による薄板状構造の損傷画像化手法について検討してきた5)−9)。図1 は,SLS における計測方法の模式図である。SLS では,パルスレーザにより遠隔から対象材料内に弾性波を励振する。また,ガルバノミラースキャナなどによりレーザ照射点である弾性波励振源を走査して,多点での励振源による計測を可能とする。一方,弾性波の受信は,ある位置に固定した超音波探触子やレーザドップラー振動計などによって行われる。一般的なレーザ超音波法では,弾性波の励振,受信をいずれもレーザで行っており,励振点と受信点が同一または非常に近い点で行うことが多い。さらに,それら両方を走査して空間情報を取得する。しかし,SLSでは受信側を固定しており,材料を伝って伝搬する表面波やガイド波を受信する。受信側の走査が不要になることにより安定した計測が可能となり,高速走査による計測を容易に実現できるという利点がある。このSLS の非破壊材料評価への適用はすでにいくつものグループで進められており,例えば,Kromine ら10),Fomitchov ら11),Sohn ら12)は,実験および数値計算においてSLS により表面の微細きずを高感度で検出できることを示した。Takatsubo ら13)はSLS により多点のレーザ照射点に対して収録した波形を再生することで波動伝搬を可視化できることを示し,損傷による波動伝搬の乱れを利用した検査手法を開発した。
 著者らもSLS による計測データを用いた薄板状材料に対する損傷画像化技術の開発を進めており,複数の受信点を利用した画像の鮮明化6)や空中超音波センサを受信に利用した非接触損傷画像化7),ファイバレーザを用いた信号レベルの向上技術8),さらには複雑形状の薄板に対する損傷画像化技術8)などを進めている。
 本稿では,それら薄板状材料の損傷画像化技術について,その原理を説明し,これまで著者らが行ってきたいくつかの研究事例を紹介する。

 

構造ヘルスモニタリングのための超音波横変位センサ
  長岡技術科学大学 松谷 巌、井原 郁夫

Ultrasonic Lateral Displacement Sensor for Structural Health Monitoring
Nagaoka University of Technology Iwao MATSUYA and Ikuo IHARA

キーワード: 構造ヘルスモニタリング,層間変位,センサ,空気超音波,音圧分布,補正方法

はじめに
近年,建築構造物の健全性を常時監視するための技術として,構造ヘルスモニタリングが注目を集めている。建築構造物に対して地震力が加わったとき,上下の層(床)が相対的に水平にずれる現象(層間変位)が生じることが知られている(図1)。この層間変位を正確に計測できれば,地震時の直接的な損傷の評価が可能となるため,層間変位計測をベースとした新しい損傷評価の枠組みができつつある。地震動による層間変位は,振動が収まると元の位置に戻るため,これを計測するためには広い測定範囲を有するだけでなく,リアルタイムでのデータ収録が必須である。こうした相対的な横変位を計測する従来技術として,レーザや超音波を利用したレンジファインダや,機械的なリニアポテンショメータを利用する方法3),ステンレス板にけがき針で直接変位履歴を描く方法4),加速度センサや速度センサから得られたデータを積分して変位を得る方法5),CCD ビデオカメラで変位計測する方法6),上下の対向する層に光源と受光素子を配置する方法7),8),等が知られている。レンジファインダやリニアポテンショメータ,けがき針は,いずれも相対変位を計測するためには大型の剛体台に取り付ける必要があるが,建築構造物の内部に設置するには適していないうえに,機械的な接触を伴うために誤差を多く含む可能性がある。加速度センサの出力を積分して変位を求める方法では,積分誤差が大きいという問題や,原理的に変位のDC 成分が計測できないという問題が未解決のままであり,構造部材の塑性変形によって生じる層間変位の非線形な挙動や残留変位を計測することが困難である9)。CCD 方式は分解能の制限や計測レートの遅さが実用上問題である。光源と受光素子の組を利用する方法では,比較的強い光源を使用するため,設置場所を選ぶ必要がある。 そこで本稿では,空気超音波探触子を利用して非接触で横方向の相対変位を直接計測する方法を報告する。まず,空気超音波探触子と計測対象との間に生じる相対的な横変位の計測手法を提案し,複数の探触子を用いた計測範囲の拡張について議論する。そして,同手法の計測精度について検討し,構造ヘルスモニタリングに対する有用性について議論する。

 

内閣府プログラム・革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)
「イノベーティブな可視化技術による新成長産業の創出」について
  (国研)科学技術振興機構 八木 隆行

Overview of ImPACT Program“ Innovative Visualization Technology to Lead
to Creation of a New Growth Industry”

Japan Science and Technology Agency Takayuki YAGI

キーワード: 光超音波,光音響効果,リアルタイム,非侵襲,血管網

はじめに
 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)は,総合科学技術・ イノベーション会議が,平成26 年度にハイリスク・ハイインパクトな研究開発を促進し,持続的な発展性のあるイノベーションシステムの実現を目指したプログラムである。ImPACT では,社会や産業に変革をもたらす非連続イノベーションの実現に向けた研究開発課題にチャレンジし,新たな成長分野を切り開いていくことが目標となる。
 その一つである本研究開発プログラム「イノベーティブな可視化技術による新成長産業の創出」2)では,レーザ照射により発生する超音波を検出し可視化する光超音波イメージング技術を高度化し,医療・美容健康から計測産業に至る新産業領域を創出することを目指している。
 近年,光超音波イメージングの実用化に向けて,医療分野にて新しい乳がん診断用装置の研究開発が始まっている。本稿では,光超音波イメージングを俯瞰すると共に,新たな産業の創出へ向けた本研究開発プログラムの研究課題について解説する。

 

ボールSAW センサ -開発の背景と最近の進展-
  東北大学 山中 一司

Ball SAW Sensor − Background of Development and Recent Progress −
Tohoku University Kazushi YAMANAKA

キーワード: 弾性表面波,コリメートビーム,球,多重周回,水素ガスセンサ,微量水分計

1. 開発の背景 -弾性波の多様性-
 環境と産業の安全と安心に不可欠なガスセンサには,化学的センサ,電界効果トランジスタ(FET;Field Effect Transistor)や電気抵抗型など電気的なセンサ,光学的センサ,弾性波センサなどがあるが,それぞれ特徴と課題を持つ。
 燃料電池車や水素ステーションの普及の鍵となる水素ガスセンサでは,水素の酸化反応を触媒する接触燃焼式が早くから実用化され,Pd やその合金をゲート電極に用いて水素吸蔵による電流変化を計測するFET センサもある1)。しかし,これらのセンサは特定の濃度範囲でしか動作できない。例えば,接触燃焼式センサは水素を燃焼させるため,爆発限界以上の高濃度水素下では用いられず,FET 型センサは,濃度10%以上で飽和してしまう。
 これに対し,弾性波は弾性率,粘性,導電性など,物質の多様な物性に依存する多様性を持つため,弾性波センサは複数の原理で働き,広い濃度範囲をカバーできる可能性がある。しかし,弾性表面波(SAW;Surface Acoustic Wave)水素ガスセンサは,FET センサに比べると感度が低い問題があり,一層の感度向上が必要である。
 また半導体素子の信頼性向上には,製造プロセスに用いられる高純度ガス中の濃度1 ppmv(体積百万分率)以下の微量水分を計測して制御する必要がある4)。鏡面露点計や静電容量式センサでは,露点-90℃以下では精度保証が困難である。-90℃以下の露点を計測できる唯一のセンサは,キャビティリングダウン分光器(CRDS;Cavity Ring-Down Spectroscopy)であるが,これは大型で高価であり,半導体やLi 電池等の製造ラインに組み込むことは困難である。また露点-55℃(濃度20 ppmv)以上の高露点は測れないという問題もある。
 金属有機骨格膜を成膜した平面SAW 微量水分計は-75℃の露点測定が可能と報告された6)が,露点-85℃では計測値が不安定で,露点- 20℃でも応答時間は10 時間かかる。
 このような状況のもとで,我々のグループは,ボールベアリングの表面きずを,干渉縞の位相速度走査法によるレーザ超音波で発生したSAW で検査する研究を行った。この解析の結果,SAW は自然にコリメートビームを形成して,反射や回折による損失を受けず周回できる現象を発見し,この現象をガスセンサに応用するため,ボールSAW センサを開発した。最初のターゲットとして,水素において10 ppmv-100%という最も検出濃度範囲の広いセンサを実現し,実用的な信号処理回路の開発,水素ステーションにおけるフィールドテストも行われた。
 水分計測への応用でも,CRDS に匹敵する感度を持ち8倍以上高速な微量水分計を開発できた。本稿では,以下,ボールSAW センサの原理および最近の進展を紹介する。

 

完全非接触光音響法を用いた生体内血管映像化技術の基礎検証
  (株)東芝 山本 摂、三浦 崇広

Fundamental Verification of Non-contact Photoacoustic Imaging Technique for Blood Vessel
Toshiba Corporation Setsu YAMAMOTO and Takahiro MIURA

キーワード: 光音響効果,非接触,レーザ超音波,開口合成

はじめに
 光エネルギーを吸収した分子が熱を持ち,その熱による体積膨張で超音波が発生する現象を光音響効果という。この現象を利用し,生体における血管や脂肪等を選択的にイメージングする技術が研究されてきている1)。例えば人体であれば,血管とそれを取り囲む生体組織では光の吸収効率が異なるため,血管での吸収効率が高い波長のパルスレーザ光等を照射すれば,血管からのみ選択的に超音波を発生させることができる。これを利用することで,一般的な医療用超音波エコーで知られる超音波イメージングよりも微細な血管の映像化が期待できる。また,同じ光を用いる手法である光干渉断層イメージング(OCT:Optical Coherence Tomography)は,生体内を往復してくる光を用いるため生体内の減衰の影響が大きく,眼球等のように透過率の高い部位や皮下のごく浅い数mm 程度の深さに適用範囲が限定されてきた。しかし,光音響現象を用いる場合光は血管に到達するまでの往路のみ伝搬すればよいため,OCT より深い数十mm 程度まで測定できる可能性を持つ。これらの利点から,例えばマンモグラフィ等のがん検診を対象として実用化に向けた研究が進められてきている。
 光音響現象を用いたイメージングでは,超音波励起にパルスレーザを,超音波受信に接触式もしくは水浸式の圧電素子を用いる手法が主に開発されてきた2)−4)。それらは既に血管だけでなく脂肪等も含めた様々な生体組織で有効性が示されてきているが,接触や水浸という付帯条件のため適用可能な部位や状況が限定される可能性がある。そこで著者らは,完全非接触で超音波送受信が可能なレーザ超音波法5)と光音響効果を組み合わせることで完全非接触での生体内血管の映像化が可能となることに着目した。図1 は,光音響法による生体内血管の映像化概念図である。図1(a)は,受信に接触型プローブを用いる手法,(b)は受信に光学プローブを用いて非接触で計測する手法である。どちらにおいても,生体表面に照射された励起用レーザが生体組織内を散乱しながら透過して行き,相対的に吸収効率が高い血管で吸収されて,血管から超音波が励起される。励起された超音波は生体組織内を伝搬し,表面に到達するが,接触型では従来の超音波イメージング等で用いられるプローブを,完全非接触型では非接触で超音波計測が可能な光学プローブと干渉計を用いる点が大きく異なる。完全非接触による血管映像化技術が成立すれば,手術中等のプローブが接触できない環境や内視鏡のように小型な機器のヘッド部分に映像化技術を展開できる可能性がある。著者らは,これまでプラント構造材等の工業材料に適用実績を上げてきたレーザ超音波法と開口合成法による映像化方法の知見を生かし,完全非接触で3 次元の光音響計測が可能なシステムを新たに開発した。
 本研究では,直径5 mm 程度の早期がん細胞をターゲットとし,φ 数十μm ~ 0.1 mm 程度の血管新生の検出を目指すこととした。本稿では超音波送受信に用いる装置構成および映像化原理について解説する。また,開発した装置を用いて生体組織や血管の吸収効率を再現した模擬生体で映像化性能を検証した結果を示し,今後の展望について述べる。

 

中赤外レーザ光源を用いたCFRP の非破壊評価技術の開発
  (国研)物質・材料研究機構 草野 正大、畑野 秀樹、渡邊 誠、
      竹川 俊二、内藤 昌信、山脇 寿

Laser Ultrasonic Testing with Mid-IR Pulsed Light for Carbon Fiber Reinforced Plastics
National Institute for Materials Science Masahiro KUSANO, Hideki HATANO, Makoto WATANABE
Shunji TAKEKAWA, Masanobu NAITO and Hisashi YAMAWAKI

キーワード: 炭素繊維強化プラスチック,レーザ超音波検査,光パラメトリック発振,
      擬似位相整合周波数変換,中赤外光源

はじめに
 炭素繊維強化プラスチック(Carbon Fiber Reinforced Plastic,CFRP)は比強度・比剛性が高いため,航空機や自動車などの輸送機器の構造材料として用いられており,燃費の向上や二酸化炭素排出量の削減に貢献している。航空機においては,機体の動翼やフェアリングなどの二次構造部は元より,ボーイング787 に代表されるように,胴体や主翼などの一次構造部にもCFRP の適用範囲が広がっている。また,輸送機器以外にも,高圧力容器や風力発電用ブレードなどにCFRP が応用されている。
 このようにCFRP が製品の主要部分に適用されるにしたがい,製造時の品質保証および運用時の健全性評価についても高い水準が求められるようになってきている。CFRP 製造時(プリプレグシートの積層および樹脂の硬化)には,積層間のはく離および異物や空孔の混入などが起こり得る1)。また,CFRP 材料と金属材料の接合部分における接着不良も問題となる。一方,航空機の運用時には,氷塊や鳥などの衝突や作業員の工具落下,繰り返し荷重などにより損傷が発生する可能性があり,表面上の損傷が目視では確認できなかったとしても,材料内部に欠陥が発生していることもある。CFRP の信頼性向上には,このような欠陥を事前に検知できる非破壊評価技術が不可欠である。CFRP 製品を検査対象とする場合,金属材料とは物性が大きく異なるため,従来の非破壊検査技術(例えば,磁粉探傷検査や渦電流探傷検査など)をそのまま適用することが難しい。そこで現在,航空機については,X 線検査や超音波検査(UltrasonicTesting,UT),サーモグラフィが多用されている。 UT は,検査対象物に発生・伝搬させた超音波が,材料内の欠陥で反射・散乱するのを解析することにより,欠陥検知および評価を行う。超音波探触子による検査では,水やカップラント(液体やジェル)など媒質を介して検査対象物への超音波の送受信をする。例えば,航空機のCFRP 部分に対しては,実際に小型の超音波探傷装置が用いられており,整備士によるはく離探傷が行われている。また, CFRP の製品検査では,主翼などを大きなプールに水没させる大掛かりな超音波検査が行われることもある4)。超音波探触子による接触式の検査は簡便で,比較的コストが低いものの,表面形状の影響や検査環境の制約を受けやすく,作業効率が低いという短所がある。
 レーザ超音波試験(Laser Ultrasonic Testing,LUT)は,超音波の送受信を完全非接触で実現する画期的な検査・計測技術である。LUT では,材料へのパルスレーザ照射による急激な熱膨張・収縮による熱弾性効果,もしくは蒸発反力であるアブレーション効果によって,材料表面に超音波を発生させる。材料内を伝搬した超音波を,レーザ干渉計などを用いて光学的に検出することで,非接触計測ができる。LUT は完全非接触の非破壊検査システムであるため,カップラントなどの接触媒質を必要とせず,検査環境(高所や狭隘部,真空や放射線環境など)や検査対象物(材料温度や表面の凹凸,湾曲,移動体や回転物など)の制約を受けにくい。さらに,レーザ光の走査によって,広範囲を高速で測定できる。したがって,接触式の超音波検査の代替手法としてLUT を利用することで,検査効率の大幅な向上が見込まれる。
 一般に,対象が金属材料であればLUT の光源としてNd:YAGレーザ(波長1.064 μm)が用いられる場合が多い。一方で,CFRP を対象とする場合,3.2 μm 周辺の波長である中赤外光が超音波発生用の光源として適している5)。これは,3.0 〜3.5 μm(波数3000 cm−1 周辺)の光が,CFRP のマトリクスである樹脂(エポキシ樹脂など)のC-H 結合で吸収されるためである。レーザ光源は,赤外域(CO2 レーザ)から紫外域(エキシマレーザ)まで幅広く存在するが,3.2 μm 周辺の光を出すことができる真に実用的な光源は存在せず,実際には,CO2 レーザが多用されている。実用性を考えると十分な性能(パルスエネルギー,パルス幅,繰り返し周波数など)を備えつつ,可搬性(小型でロバスト)のレーザ光源が要求される。 そこで我々は,光パラメトリック発振(Optical ParametricOscillator,OPO)による波長変換に着目し,Nd:YAG 固体レーザの基本波(波長1.064 μm)を中赤外光(3.2 μm)へと変換する結晶素子を創製し,CFRP のLUT に最も適したレーザ光源を開発した7)。このレーザ光源とレーザ干渉計により,CFRP 専用の完全非接触LUT 装置を実現した。中赤外光を光源とすることで,高S/N の超音波波形を測定できる。本稿では,OPO 波長変換装置および超音波計測装置について概略を述べるとともに,CFRP サンプルの測定および模擬欠陥サンプルの探傷事例について紹介する。

 

     
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