機関誌「非破壊検査」 バックナンバー 2016年1月度

巻頭言

「新年のご挨拶」  廣瀬 壮一

 新年おめでとうございます。本年が皆様にとって良い年となりますことを心より祈念申し上げます。  年初のご挨拶を申し上げるのも今年で三度目となりましたが,年を追うごとにその年の動向を見通 すことが難しくなってきたと感じています。私たちを取り巻く社会が変化するのは世の常ですが,そ の変化がより目まぐるしく,しかもますます複雑になってきたのではないでしょうか。これはインター ネットの出現によるところが大きいと思います。インターネットによって,世界中の誰とでも情報の やり取りがスピーディに行えるようになりました。それによって世界は小さくなり,また人や物流の 行き来も盛んになりました。その反面,国内外を問わず情報が行き交い,あふれる情報から必要な情 報を取り出して的確な判断を行うことが重要となっています。ネットによるコミュニケーションを逆 手にとれば,テロも発生しうる時代なのです。このような世界の情勢が日本にも影響を及ぼしている ことはいうまでもありません。昨今の日本の経済は以前よりも増して海外の情勢に左右されるように なりました。昨年の流行語大賞が爆買いであることからもわかるように,日本経済は欧米のみならず, 中国経済の動向の影響を受けるようになりました。
 さて,昨年の当協会の活動を振り返ると,事業はほぼ年度初めの計画通りに進められたと思います が,当初予想していなかったことが一つありました。それは昨夏以降に,米国非破壊試験協会(ASNT) の会長と4 回も会合を持ったことです。しかも4 回の内の2 回はASNT 会長自ら当協会を訪ねて来ら れたのです。その理由はASNT が昨年7 月に公表した“A Global Vision”なる活動方針にあります。そ の具体的な内容については割愛しますが,これまで自国内に内向きだったASNT の活動を世界に向け たグローバルなものに変えるという方針の大転換を宣言したもので,4 回の会合を通じてASNT から 当協会に対して多くの活動に関して協力依頼がありました。当協会としてはASNT との連携を強化し, 基本的に先方の活動に協力する旨を伝えましたが,中には難しい判断を要する事項もありました。い ずれにしてもASNT 会長と年に4 回も会合を持つことは,いまだかつて無かったことで,世界が小さ くなったことを実感した次第です。なお,昨年の会合の成果を受けて,今秋にはASNT との友好協定 を改訂する予定です。
 昨年,当協会では新たな学術活動として,これまでの春季講演大会を12 の学術部門のそれぞれの企 画をまとめて開催する「非破壊検査総合シンポジウム」に衣替えをしました。秋季講演大会では,韓 国非破壊検査学会との共同企画の形でインターナショナルセッションなる英語セッションを立ち上げ, 韓国と情報交換をして交流を深めました。また,認証活動では,昨秋の資格試験より,改正JIS Z 2305 に基づく試験を開始しました。これまでの経験上,試験制度に変化があるときは受験生の数が減少す ることは覚悟をしていましたが,新規受験者数の減少幅は事前予想よりも大きくなく,当協会が実施 している技術者の技量認定が社会に必要とされていることを改めて認識しました。
 このようにいくつか新たな活動を始めたところですが,当協会が解決すべき課題はまだ多く残って います。すぐに思いつく課題だけでも,再認証試験への準備,人材の育成と世代交代,魅力ある教育 内容の構築,会員制度改革,広報活動,海外への情報発信などと山積みです。非破壊検査を用いて社 会を安全にし,人々に安心を与えることこそ,我々の使命です。その使命を果たすべく,大局的な視 点に立って課題の解決に努めたいと思います。会員の皆様にはご協力のほどよろしくお願い申し上げ ます。

 

解説 「中性子ラジオグラフィの現状と今後」

「中性子ラジオグラフィの現状と今後」特集号刊行にあたって
   谷口 良一


 中性子ラジオグラフィは特定の元素の検出感度が高く,X 線ラジオグラフィとは透過特性が大きく異 なっていることから,X 線検査を補完する新たな放射線透過検査技術として注目されています。特にX 線検査が苦手とする重元素中の軽元素の検査などに威力を発揮することから,当初はロケットに使用 される火工品(爆裂ボルト)等の検査に利用されました。顧みると本技術が放射線透過検査の新たな 分野として登場してからすでに半世紀が経過しています。この間,撮影技術の研究は,デジタル画像 技術の導入と高感度撮像装置の開発など,一定の成果をあげていますが,産業利用という面で言うと 未だに途上という感がいなめません。その第一の理由は中性子源にあると思われます。今も昔も原子 炉は強力な中性子源ですが実用面から見ると社会的に制約の多い装置です。その他の中性子源,例え ば加速器中性子源,RI 中性子線源などは,中性子出力が弱いことが問題です。そのため中性子源の開 発は現在も続けられています。もう1つ問題なのは,応用面での停滞にあると考えられます。当初は 軍事利用がらみの宇宙,航空が主流であったこの技術が,今後産業利用として広がるためには,新た な応用分野の開拓が不可欠です。
 一昨年10 月スイスで第10 回中性子ラジオグラフィ国際会議が4 年ぶりに開催されました。本誌では, 産業利用の観点に重点をおいて,この技術の現状と今後について会議に参加された方々を中心に解説 していただきました。
 まず,我が国での本技術の開発に長年指導的立場におられた鬼柳善明先生に本技術の研究開発の現状をご紹介いただくとともに,次回の国際会議より日本側の窓口を担当される齊藤泰司先生には,この会議のこれまでの経緯と,今回の国際会議の内容を中心に解説いただきました。また,装置開発の分野では,国際的にも注目されている日本原子力機構の大型加速器J-PARC における中性子イメージング装置の開発について篠原武尚先生に解説いただきました。本装置は強力なパルスイメージング能力を備えており,今後この分野の発展に寄与するものと期待されています。一方,実用面では鵜野浩行先生にご紹介いただきました小型サイクロトロンを用いた中性子源も注目されます。また応用分野として本特集では2 つの例を取り上げました。第一として村川英樹先生に燃料電池の内部観察実験を解説いただきました。続いて佐藤博隆先生には中性子ラジオグラフィによる応力分布測定という野心的な実験をご紹介いただきました。
 本特集を通して,読者の方々には,中性子ラジオグラフィという最先端の放射線透過検査技術をより身近に感じていただくとともに,この技術の能力と可能性を議論していただき,新たな応用分野と可能性が広がることを願っております。

 

中性子ラジオグラフィの国内外の現状と今後
   名古屋大学工学研究科 鬼柳 善明

Present Status of the Neutron Radiography in Japan and Other Countries
Graduate School of Engineering, Nagoya University Yoshiaki KIYANAGI

キーワード 中性子ラジオグラフィ,非破壊検査,中性子施設,透過スペクトル解析,結晶組織構造情報

1. 進化する中性子ラジオグラフィ
 中性子は火工品の金属中の火薬などエックス線では透過しにくい金属中の検査,また,植物中の水素などエックス線では感度が低い検査対象の透過撮影に用いられてきた1),2)。また,最近では燃料電池の中の水の動きを調べるために中性子ラジオグラフィが精力的に使われている3)。その他の工業製品などでも,製品の性能向上のために内部の動きを見るようなことが行われている。
 これらの例は従来から用いられている方法を用いたもので,比較的広いエネルギースペクトルを持った中性子ビームを用いて,透過強度の違いをコントラストとしてイメージ化して,物体の形状や動きを明らかにするものである。しかし,最近は,結晶組織構造情報,元素情報,磁場情報などが2 次元や3 次元空間で得られる手法が開発されて,中性子ラジオグラフィ(最近は,中性子イメージングと言うことが多くなっている)の応用範囲が大きく広がってきている。このような手法では,エネルギー解析が必要であり,原子炉中性子源では単色中性子を使った実験で,また,加速器を使ったパルス中性子源では中性子の飛行時間を用いたエネルギー分析によってこのような情報を得ている。新しい手法開発だけでなく,国内では,さらに爆発的現象など,これまで測定が行われなかった難しい条件での測定も行われるようになってきた。
 中性子源に関しては,国内と海外では動きが大分異なっている。日本の特徴的なところは,原子炉中性子源の他に新しく加速器中性子源がラジオグラフィに使われるようになったことである4),5)。1973 年に建設されいろいろな中性子実験に使われた北大中性子源HUNS,最近になって建設された京大理学部のKUANS,理研のRANS などが中性子ラジオグラフィに使用されるようになった。また,京大原子炉実験所では加速器中性子源KURRI-LINAC がラジオグラフィにも使えるようになった。しかし,海外では原子炉がまだ主流である。ドイツのミュンヘンにあるFRM-II,ベルリンのBER-II,加速器ではあるが原子炉と同じ定常中性子源であるスイスのSINQなどが主要な施設であり,ビームラインを新設し,非常にアクティブに新手法の開発や新種の測定にチャレンジしている。南アフリカのNECSA,オーストラリアのANSTO,アメリカのNIST,韓国のHANARO などでイメージング装置が設置されている。その他にも小型原子炉が数多くあり,中性子イメージング実験が行われている。海外の加速器中性子源としては,アメリカのインディアナ大学の加速器中性子源LENS,ロスアラモス国立研究所のLANSCE で最近ラジオグラフィを行うようになった。中国では清華大学と北京大学に加速器中性子源が設置されている。中性子ラジオグラフィは,新しい施設の建設,装置の更新に加え,手法開発と応用分野の拡大についても世界的に新しい段階に入っている。ここでは,そのような中性子ラジオグラフィの現状について紹介する。


第10 回中性子ラジオグラフィ世界会議の概要
    京都大学原子炉実験所 齊藤 泰司

Overview of The 10th World Conference on Neutron Radiography
Research Reactor Institute, Kyoto University Yasushi SAITO

キーワード 放射線,中性子,ラジオグラフィ,イメージング

1. はじめに
 第10 回中性子ラジオグラフィ世界会議(WCNR-10)は,2014 年10 月5 日~ 10 日,スイスのグリンデルバルトにて開催された。アイガー,ユングフラウ,メンヒなどの峰が望める開催地の魅力もあってか各国から多くの研究者が参加した(図1)。会議には200 件以上の発表が申込まれ,現在稼働中の中性子ラジオグラフィ設備,さらに現在,計画中あるいは建設中の設備についての報告,さらに,最近の中性子イメージングにおける様々な開発研究が紹介された。本解説では,WCNR-10 の概要と今後の方向性について述べる。


J-PARC のパルス中性子イメージング専用装置「螺鈿」の開発
    日本原子力研究開発機構J-PARC センター 篠原 武尚

Development of the Pulsed Neutron Imaging Instrument“ RADEN” in J-PARC
J-PARC Center, Japan Atomic Energy Agency Takenao SHINOHARA

キーワード パルス中性子,中性子ラジオグラフィ,中性子トモグラフィ,エネルギー分析型中性子イメージング

1. はじめに
 中性子を用いたラジオグラフィは産業・工業分野から材料科学,農学等の学術界にわたる広範な分野における非破壊検査手法として利用されている。これまでの中性子ラジオグラフィでは主として原子炉などの定常中性子源からの白色中性子ビームを活用し,観察対象による中性子強度の減衰から画像コントラストを得て,内部の形状情報等を引き出してきた。しかしながら,近年の線源自体の高度化や中性子画像検出器の性能向上等の中性子利用効率の向上に伴い,結晶モノクロメータや速度選別機により中性子波長を選択した測定が可能になると,波長の違いによる中性子強度のコントラストの変化を強調した撮像手法の開発が進み,形状や構造情報だけでなく,観察対象を構成する物質の物理的・化学的な性質の違いを反映した画像が得られるようになった(エネルギー選択型中性子イメージング)1)。近年,この技術をさらに高度化した,中性子透過率のエネルギー依存性を位置ごとに取得し解析する「エネルギー分析型中性子イメージング」が注目を集めている。現在開発が進められているエネルギー分析型中性子イメージング法には,結晶組織情報に基づくブラッグエッジ法2),原子核種依存の吸収現象を利用し,核種の分布,温度情報を与える共鳴吸収法3),中性子スピンの磁場中での運動を利用して磁場情報を可視化する偏極中性子法4)があり,すでに応用研究が始まっている。各手法の詳細については本稿では触れないが,これらの新しい測定手法を活用する上でパルス中性子の持つ特徴は非常に有利である。すなわち,数keV から数meV までの非常に幅広いエネルギーの中性子を一度に利用することができ,そのエネルギーは飛行時間分析法(TOF)により容易に決定ができる。また,短パルス中性子源においては各瞬間における単色度は非常に高いため,高いエネルギー分解能での測定が可能となる。パルス中性子を用いたイメージング技術の開発は北海道大学において先進的な研究がなされ,それを基礎としてJ-PARC のパルス中性子実験施設である物質・生命科学実験施設(MLF)において本格的な実用化が進められている。この日本において進められているパルス中性子イメージングプロジェクトの1 つの大きな柱となるのが,世界最初のパルス中性子イメージング専用装置の建設である。J-PARC におけるパルス中性子イメージングプロジェクトは,MLF のBL10 に建設された中性子源特性試験装置NOBORU 5)において平成20 年ごろに始まったイメージング実験が発端となる。様々なテスト実験をBL10 において行い,北海道大学で先行して進められてきた研究と合わせて,平成22 年に北海道大学の鬼柳善明教授(現,名古屋大学教授)が提案代表者となってパルス中性子イメージング実験装置に関する実験装置提案書を提出し,同年9 月に審査に合格,本格的な装置検討を開始した。その後,平成24 年に「特定先端大型研究施設の共用の促進に関する法律(共用促進法)」に基づいて予算化され,装置建設を開始した。建設完了までの間に,実験装置詳細計画書の合格や,装置設計に関する国際諮問委員会の開催等のいくつかのマイルストーンを経て,平成26 年11 月に最初の中性子ビームの受け入れを行い,現在は本格的な利用に向けた整備を進めている。
 本稿では,J-PARC の物質・生命科学実験施設(MLF)に建設された世界最初のパルス中性子イメージング専用装置であるエネルギー分析型中性子イメージング装置「螺鈿」について解説する。

小型サイクロトロンを用いた中性子ラジオグラフィ
    住重試験検査(株) 鵜野 浩行

Neutron Radiography with Cyclotron
S.H.I. Examination & Inspection, Ltd. Hiroyuki UNO

キーワード 中性子ラジオグラフィ,サイクロトロン

1. はじめに
 放射線透過試験は物質に対する放射線の透過率を利用して物質内部を調べる方法である。放射線透過試験ではX 線(γ 線)ラジオグラフィが一般的であるが,他の手法として,中性子ラジオグラフィが挙げられる。
 中性子の物質に対する透過はX 線(γ 線)の透過とは性質が異なる。X 線(γ 線)では原子番号が大きいほど,透過率が小さくなるが,中性子では,低原子番号の物質や特定の物質を除いて原子番号に依存しない。特に,熱中性子では,通常の金属ではX 線(γ 線)より通過しやすいが,水素やガドリニウムなど特定の元素との相互作用が非常に大きいといった特徴がある。その性質を利用してX 線(γ 線)とは相補的な画像が得られる。
 中性子ラジオグラフィでは中性子発生源を必要とする。中性子発生源として加速器を用いた方法,原子炉を用いた方法,RI を用いた方法に分けられる。今回加速器の一つである小型サイクロトロンを用いた中性子ラジオグラフィについて住重試験検査(株)(以下,当社とする)の装置を例に紹介する。

中性子ラジオグラフィによるエネルギー機器内の可視化計測
(固体高分子形燃料電池と冷凍空調機器への応用)
    神戸大学大学院 工学研究科 村川 英樹  浅野  等

Visualization of Mass Transfer Phenomena in Energy Equipment by using Neutron
Radiography( Application to Polymer Electrolyte Fuel Cell and Refrigerating Equipment)
Graduate School of Engineering, Kobe University Hideki MURAKAWA and Hitoshi ASANO

キーワード 熱流体,物質輸送,燃料電池,キャピラリーチューブ,吸着器

1. はじめに
 中性子ラジオグラフィは放射線の減衰特性を利用した非破壊可視化手法である。減衰特性の違いから X 線ラジオグラフィでは得られない情報が,中性子ラジオグラフィによって得られる可能性がある。特に,中性子線の減衰は金属で小さく,水素において極めて大きいことから,金属で構成される機器内に存在する水などの水素化合物の分布を,高いコントラストでかつ定量的に得られることが特長である。著者らは熱流体およびエネルギー機器において気液界面が存在する流れがそれら機器性能に強く影響するとの観点から,中性子ラジオグラフィを工学的に利用し,様々な現象の解明に応用してきた。本稿では,中性子ラジオグラフィによる計測が機器内の現象解明に有効な例として,固体高分子形燃料電池および冷凍空調機器における可視化結果について紹介する。

中性子透過ブラッグエッジ法による金属材料のひずみ・組織情報の広範囲可視化
    北海道大学 大学院工学研究院 佐藤 博隆

Large Area Visualization of Strain, Texture and Microstructure Information of a
Metallic Material by Bragg-edge Transmission Neutron Spectroscopy
Faculty of Engineering, Hokkaido University Hirotaka SATO

キーワード 材料の非破壊評価,パルス中性子ブラッグエッジイメージング,ひずみ,集合組織,結晶粒

1. はじめに
 構造材料や機能材料の強度や加工性,電磁気特性を改質するために,材料のミクロな情報,すなわち,結晶格子ひずみや集合組織,優先方位,結晶粒といった結晶組織構造情報を解析・評価することが行われている。特に電子線・X 線・中性子線といった「量子ビーム」を利用した手法には,超音波・磁性・振動などを利用した方法に比べ,結晶組織構造情報を定量的に調べることができるという利点がある。
 量子ビームの中でも中性子は,電気的に中性であることから,厚い鉄鋼材料すら容易に透過することができ,材料内部の情報まで非破壊的に分析することが可能である。またその他にも,軽元素検知能力や同位体識別能力,磁気敏感といったユニークな特性を有している。そのため,中性子回折法による母相の結晶組織構造解析や,中性子小角散乱法による析出相の粒子サイズ・形状・数密度の定量評価などが,中性子の特性を活かしながら行われている。結果として,電子顕微鏡やX 線散乱,放射光位相コントラストマイクロトモグラフィとも異なるミクロ構造情報を新たに取得することができ,より多面的な材料評価が実現するようになってきている。
 しかし,ここで我々人間の視覚スケールすなわち材料が機能している実際のスケールを考えた時に,これらの技術ではカバーしきれていない点がある。それは「空間的な広さ」である。図1 にSEM-EBSD・X 線散乱・放射光イメージング・中性子散乱と,本稿で紹介する「パルス中性子ブラッグエッジイメージング」を,「空間分解能」「物質進入深さ」「観測広さ」の三視点から比較した図を示す。電子顕微鏡やX 線技術が有するnm ~ μm 程度の空間分解能は,我々人間の視覚の空間分解能よりも優れている。中性子散乱の空間分解能は,ビームの指向性を高めることが比較的困難であるため,現状mm程度である。一方,物質進入深さを比較すると,電子線やX線のμm 程度以下に比べ,中性子はcm 程度以上と高い物質透過能力を有しており,人間の視覚スケールに近い範囲を観測できることがわかる。しかし,観測広さに関しては事情が異なる。どの技術を利用しても,一度に観測できる広さはmm程度以下であり,人間の視覚スケール(cm 程度以上)からは離れている。この「広さ」をカバーしつつ,中性子の高い物質透過能力と,mm 以下・μm 近くの空間分解能を有する新しい量子ビーム結晶組織構造解析技術が,本稿で紹介する「パルス中性子イメージング」の一手法「ブラッグエッジイメージング」である。
 本稿ではまず,パルス中性子イメージングならびにブラッグエッジイメージングの原理と,結晶組織構造の定量評価のための専用解析ソフトウェア「RITS」の概要について述べる。
また,この手法を用いた,
? マクロひずみ:応力に関係。材料破壊等に関わる情報。
? ミクロひずみ:転位密度などに関係。材料強度等に関わる情報。
? 集合組織(優先方位):変形容易方向や磁化容易方向などに関係。材料加工性や材料電磁気特性等に関わる情報。
? 結晶粒・結晶子:粒界や転位密度などに関係。材料強度や材料電磁気特性等に関わる情報。
? 結晶相:複合材料における応力の相分配などに関係。材料強度や材料加工性等に関わる情報。
に関する各種イメージングの実験解析例を紹介する。最後に,本技術の産業応用に向けて,様々な実験施設で様々な材料の測定が行われているので,その概況について簡単に紹介する。なお,第10 回中性子ラジオグラフィ世界会議「WCNR-10」に出席した感触として,世界的に見ても依然として日本のブラッグエッジイメージング技術は最も高いレベルにあり,最先端のポイントは押さえられると考えているため,本稿で記述する実験解析例は全て筆者らが関わったものとした。

     
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