機関誌「非破壊検査」バックナンバー 2020年6月度

巻頭言

「AE 法を用いた複合圧力容器の診断手法」特集号刊行にあたって
 前田 守彦

 複合圧力容器は,繊維強化プラスチック(Fiber Reinforced Plastics:FRP)で金属や樹脂のライナーを補強した構造であり,ロケット推進薬タンクや,消防士や医療用に用いられている空気呼吸器や携帯酸素容器などに多く利用されてきた。近年では,国策として水素社会の実現を目指す取り組みが進められているが,水素ステーション用の蓄圧器や,燃料電池自動車の車載用蓄圧器などに複合圧力容器が必要不可欠になりつつあり,今後も市場が増えていくものと考えられる。
 圧力容器は,高圧ガス保安法などの規制を受け,定期的な検査が求められる。現行の法令は金属製圧力容器を対象に作られていたことから,複合圧力容器に適用できるよう改訂作業が進められている。金属製圧力容器は外面から種々の非破壊検査手法が適用可能であるが,複合圧力容器は外側が厚いFRP などの複合材料で覆われているため,ライナーの損傷状態を外面から非破壊検査することは難しい。複合圧力容器の構造,使用条件および損傷形態などに合った検査手法が選択されることが望ましい。例えば,水素ステーション用の複合圧力容器(以下,水素蓄圧器)の主な漏えい原因は,内圧の繰り返し変動による,ライナー内面の疲労き裂発生/進展と考えられているため,ライナーの疲労損傷の有無を検知する必要がある。内面から検査することも不可能ではないが,長さ5 m 程度ある水素蓄圧器の内面全体について非常に微細な疲労き裂を探すことは非常に難しい。また,高純度の水素を充填する必要があるため,内面が汚染されてしまう開放検査は極力避けたい。実際に,水素蓄圧器の開放検査を実施した場合には,10 日間程度の休業期間が必要になり,水素ステーション運営の大きな経済的損失となる。そのため,水素蓄圧器に対しては,供用中の非開放検査の確立が望まれている。
 ところで,アコースティック・エミッション(AE)法は周波数帯域がおよそ30 kHz ~ 1 MHz の音響信号を計測して診断に用いる手法である。AE 法よりも高い周波数帯域は,超音波探傷などで用いられ,非常に直線性が良く微細な欠陥等で反射する性質を持つため,複合材料のように複雑な構造物の検査には適さない。一方,低い周波数帯域は,地震のように遠くまで伝搬する性質を持つが波長が長いために微細な変化をとらえることが難しい。AE 法の周波数帯域は,これらの中間的な性質を持つ帯域であり,複合圧力容器は大きさが数m 程度で検査すべき範囲が広く,FRP と金属など複数の材質が組み合わされた構造であるため,有効な検査手法になると期待されている。
 そこで,複合圧力容器の供用中にライナーの健全性を検査する手法として,AE 法に着目した複数の適用検討が進められている。ただし,一概に複合圧力容器と言っても,ライナー材料と強化繊維材料の組み合わせ,強化繊維の積層厚さなどは多様であり,使用時の繰り返し充填回数や圧力条件などによっても損傷形態が異なることが報告されており,AE 法により何を検知し,何を評価すべきかを予め明確にしておく必要がある。
 今回,「AE 法を用いた複合圧力容器の診断手法」というテーマで特集を企画させて頂いた。水素蓄圧器に関する法令の現状や今後の検査の在り方,複合材料や複合圧力容器の破壊試験や疲労試験で得られるAE の特徴やそれらを用いた供用中検査手法について,この分野で活躍されている第一人者に執筆をお願いした。本特集が会員諸氏のご参考になれば幸甚である。なお,末筆ながらご多忙中であるにもかかわらず執筆頂きました筆者の方々に誌面を借りて厚く御礼申し上げます。

 

解説

AE 法を用いた複合圧力容器の診断手法

水素ステーション用複合圧力容器の設計と検査の在り方
東京工業大学 名誉教授 小林 英男

Status of Design and Inspection of Composite Cylinders
for Hydrogen Refueling Stations

Professor Emeritus of Tokyo Institute of Technology Hideo KOBAYASHI

キーワード:水素ステーション,圧力容器,複合容器,設計,検査,規格

はじめに
 複合材料(樹脂含浸連続繊維の巻付け)とライナー(内張りの材料,主として金属)で構成(複合)する圧力容器を複合圧力容器という。ライナーの役割は,後述する。
 燃料電池自動車の普及に伴い,水素ステーション(高圧ガス保安法では圧縮水素スタンドという)の建設が進行している。水素ステーションに設置する圧力容器の典型例が,蓄圧器である。蓄圧器には,100 MPa 超の高圧に耐える強度が要求される。しかし,水素適合性を損わないために,高強度鋼の使用は制限を受ける。そこで,耐圧性と水素適合性を同時に確保するために,長繊維の炭素を用いる複合圧力容器(以下,複合容器という)の登場となった。
 本稿では,複合容器について,設計と検査の現状を整理し,特に今後の検査の在り方を議論する。

 

AE による水素ステーション用複合蓄圧器の供用中検査
千代田化工建設(株) 前田 守彦  鈴木 裕晶

The In-service Inspection using the Acoustic Emission Technique for Pressure
Vessels Installed at Hydrogen Stations

Chiyoda Corporation Morihiko MAEDA and Hiroaki SUZUKI

キーワード:AE,水素ステキーワード ーション,タイプ2蓄圧器,供用中検査,疲労試験

概要および背景
 日本のエネルギーの低炭素化を実現するため,水素エネルギーは非常に有望な選択肢の一つとして注目されている。2017 年12 月に国家戦略として「水素基本戦略1)」が定められ,水素を新たなエネルギーとして利用する方向性が示された。さらに,2019 年9 月に「水素・燃料電池技術開発戦略2)」において,水素社会実現に向けたより具体的な課題や目標が掲げられた。水素が広く利用されるようになるためには,調達・供給価格を従来のエネルギーと同程度とすることが求められており,各種要素技術における課題を早期に克服し,さらにコスト低減を図るための施策が必要となっている。本稿では,NEDO 事業の一つである「超高圧水素インフラ本格普及技術研究開発事業(水素ステーションのコスト低減等に関連する技術開発)」において,水素ステーション用タイプ2 複合蓄圧器の供用中検査にアコースティック・エミッション法(以下,AE 法)を適用するための研究開発について解説する。
 水素・燃料電池戦略ロードマップ3)によると,水素ステーションは2025 年までに320ヵ所,2030 年までに900ヵ所に設置する目標で進められている。水素ステーションの設備構成のうち,蓄圧器に関わるコストが大きいことが課題となっている。蓄圧器の低価格化および軽量化を実現するため,2017年度までのNEDO 事業「水素利用研究開発事業」において,炭素繊維強化プラスチックで補強した複合圧力容器が開発された。圧力容器は表1 の4 タイプに分類される。
 従来は水素の蓄圧に利用できる容器はタイプ1 とタイプ3と限定されていたが,近年,利用できる鋼種を拡大する研究も進められ,ライナー材にSCM435 相当の低合金鋼を用いたタイプ2 の利用も可能になった。水素ステーション用蓄圧器は,82MPa 以上の圧力に耐えられ,軽量であることが求められるため,主にタイプ2 またはタイプ3 が用いられている。
 一方,水素蓄圧器の保全コストの削減も求められている。現在の高圧ガス保安法4)では,水素ステーションには年1 回の保安検査が義務付けられており,水素蓄圧器の耐圧性能および強度に関する検査は,開放検査を実施することが定められている。しかし,水素ステーション用蓄圧器は,FCV 燃料用に99.99%以上の水素純度が要求され,開放検査により内面が汚染されると使用できなくなる。そのため,内面の洗浄や配管内の水素置換におよそ連続10 日程度の休業が必要になり,水素ステーション運営の負担となる。外部からの非破壊検査による開放検査の省略も規定されているが,複合圧力容器は外面をCFRP で補強している構造のため,蓄圧器の金属ライナー内面で発生する損傷を外面のCFRP 上から非破壊検査で検知することは難しい。さらに,蓄圧器の両端を絞った構造の容器は,口金部の穴が小さく,口金から計測器を入れた内面からの検査も困難である。そこで,開放せず供用中に蓄圧器の状態を評価できれば,コスト低減につながることが期待できる。そこで,軸受鋼が疲労寿命の中間付近からAEの発生挙動が変化するという筆者らの知見5)に基づいて,非破壊検査の一種であるAE 法を用いたタイプ2 複合蓄圧器の供用中検査手法の開発を進めている。

 

複合圧力容器のアコースティック・エミッション試験
東京工業大学 水谷 義弘

Acoustic Emission Testing for Composite Overwrapped Pressure Vessels
Tokyo Institute of Technology Yoshihiro MIZUTANI

キーワード:アコースティック・エミッション試験,複キーワード 合圧力容器,衝撃損傷,自緊処理,規格・基準

はじめに
 複合圧力容器は,自動車分野,宇宙分野,医療分野をはじめとする様々な分野で,軽量化を目的として従来の金属容器(タイプ1 容器)に替えて使用されている。本稿では,これらの複合圧力容器に対するアコースティック・エミッション(AE)試験の適用について解説する。

 

複合材製圧力容器のAE 試験・評価における留意点
(株)IHI 検査計測 中村 英之

Points to Note in the AE Testing and Evaluation of Composite Pressure Vessels
IHI Inspection & Instrumentation Co., Ltd. Hideyuki NAKAMURA

キーワード:AE(Acoustic Emission),キーワード 複合材,CFRP,圧力容器,蓄圧器

はじめに
 燃料電池自動車(FCV:Fuel Cell Vehicle)は,CO2 排出ゼロの究極のエコカーとしてその普及が期待される一方で,世界的には,電気自動車(EV:Electric Vehicle)へのシフトが加速する動きがある。EV は,エアコンの作動などで航続距離が短くなるほか,充電時間を要するなどのデメリットがあるものの,FCV と比較し構造が簡単であることや,充電設備の設置も容易であることで,国内でも普及が進む傾向にある。一方,FCV は,その普及を妨げる要因として車両価格が高額であることや水素ステーションの数が少ないことにあり,コストダウンと水素インフラの整備が喫緊の課題となっている。
 このような背景で,水素蓄圧器のコストダウン開発や安全性を担保するための評価手法の確立が求められており,特にアコースティック・エミッション試験(AE 試験)は,複合材製圧力容器に対する有効な試験方法の一つとして活用が期待されている。

 

FRP の損傷機構とAE の基礎特性
ハッピー・サイエンス・ユニバーシティ 志波 光晴

AE Characteristics related to Fracture Mechanisms of Fiber Reinforced Plastics
Happy Science University Mitsuharu SHIWA

キーワード:FRP,AE,破壊機構,繊維破断,層間はく離,樹脂割れ

FRP 材料の特徴
FRP(Fiber Reinforced Plastics)は,母材である樹脂と強化材である繊維を素材として「材料組織」が構成され,製造時においてこれらの素材が一体化して構造が成形される。そのためのFRP の材料としての特徴は,金属材料と異なり材料と構造を分けることができないことである。素材としての樹脂材料には熱可逆性樹脂と熱可塑性樹脂があり,繊維材料では短繊維や長繊維が用いられる。成形において,容器類ではフィラメントワインディングや,板材では長繊維の一方向材や織物をシートにしたプリプレグ,短繊維ではチョップドストランドマット等の中間材に樹脂を含侵させハンドレイアップ等で積層することにより構造体が造られる。
 代表的なFRP であるガラス繊維強化プラスチック(GFRP)は,工業用材料として金属に比べて軽量で耐食性に優れ低コストであったことから,1970 年代から船舶,航空機,ミサイルやロケット等の飛翔体,圧力容器や貯蔵容器等の構造物として,主に熱可塑性樹脂を母材に用いたハンドレイアップ法やフィラメントワインディング法で製造されてきた。近年では,航空機や自動車等の構造部材として炭素繊維強化プラスチック(CFRP)が多く用いられるようになり,量産が求められる自動車車体では炭素繊維のプリプレグシートやマットと熱可塑性樹脂を素材として加熱プレス成型したFRTP(FiberReinforced Thermo Plastics)が開発されている1)。

 

燃料電池車用水素タンクのAE による品質評価
日本フィジカルアコースティクス(株) 西本 重人

Quality Evaluation of Hydrogen Tanks for Fuel Cell Vehicles by AE
Nippon Physical Acoustics Ltd. Shigeto NISHIMOTO

キーワード:アコースティック・エミッション,キーワード 複合材料,欠陥,圧力容器,品質保証,自動車

はじめに
 燃料電池車(FCV)は,大気汚染の原因となる有害物質を排出しないゼロエミッション車である点や,エネルギー補給が二次電池式電気自動車と比較して短時間で済む点などから,環境にやさしい自動車と期待されている。しかし,この燃料電池車に搭載される水素タンクは,水素脆化を引き起こす可能性が高く,さらに大気中の酸素と爆発的燃焼を引き起こす可能性があるため,安全性は常に最重要課題となっている。しかし,CFRP(Carbon Fiber Reinforced Plastics)やGFRP(GlassFiber Reinforced Plastics)などから構成される水素タンクは,その構造から超音波探傷などの非破壊検査技術の適用は難しく,品質保証,品質管理の観点から検査方法の開発が望まれている。これに対し,アコースティック・エミッション法(AE 法)は,従来から圧力容器の試験や,複合材料の試験等にも使用されていることから,現在,燃料用水素タンク,あるいは水素ステーションのタンクの品質管理への応用が期待されている。
 タンク・容器のAEの検査方法は,1980 年代CARP(Committeeon Acoustic Emission from Reinforced Plastics)規格を原案に,その後ASME(American Society of Mechanical Engineers)になり,非常に多くの研究がなされた1)−5)。したがって,ここで改めて解説する必要はないと思われるが,燃料電池車が実用段階に入った現在,複雑な解析や,高価な計測装置を使用することは,実用化の大きな障害となる。そこで,本稿では,できるだけ簡単な方法で,さらに検査装置の費用を考慮して実用化が進められている検査方法について解説する。
 なお,本稿では,秘密保持の関係から,一部,試験条件等の記載がない部分や,写真に不鮮明な部分があるので,ご了承をお願いする。

 

論文

金属に対する偏光理論を利用した赤外線サーモグラフィ試験における背景反射の除去
鈴木 総司,小笠原永久

Removal of Background Reflection in Infrared Thermographic Testing using
Polarization Theory for Metals

Soshi SUZUKI and Nagahisa OGASAWARA

Abstract
In infrared thermographic testing, background reflection is a major issue that leads to false detection. Generally, the background reflection appears as a hot spot in the thermal image, and can result in faults during inspection. Hence, the background reflection must be removed from the thermal image. Metals, owing to their high reflectivity, are susceptible to background reflection during conventional infrared thermographic tests. The authors applied a polarization theory to address this problem, and proposed a technique that can quantitatively separate the background reflection and the defects. First, we confirmed that the polarized reflectivity and the polarized emissivity obtained by the experiments are in agreement with the theoretical values. Second, the relationship between the emitted energy and the reflected energy was expressed as two-variable linear equations. The values of the emitted energy and the reflected energy were obtained by solving these equations. Thus, the proposed technique is capable of extracting the emitted energy from the complex thermal image, and enables accurate inspection of metals using infrared thermographic instrument.

Key Words:Infrared thermographic testing, Metal, Background reflection, Polarization theory, Quantitative evaluation Image processing

緒言
 赤外線サーモグラフィ法は,状態監視や非破壊検査などで広く利用されている1)−5)。この方法は,広い範囲を一度に検査できるため効率的であり,対象材料の制限が他の検査に比べて比較的少ないことなどが利点として挙げられる。そのため,金属,CFRP,コンクリート構造物やハニカムサンドイッチパネルなどの複合構造材料への適用が研究されている5)− 10)。しかし,この方法は,背景反射などの外乱の影響を受けることがある。例えば,高温の背景物の放射エネルギーが試験対象面に反射して赤外線サーモグラフィ装置に入射すると,きずの存在により生じたホットスポットと同様に表示されてしまう。そのため,背景反射は,きずの誤検知の要因として解決しなければならない大きな課題の一つである。特に測定対象が金属の場合は,反射率が高いために背景反射の影響が大きい。現在は背景反射の問題を解決するために測定者が移動する,または暗幕で背景反射となる熱源を隠す処置等が一般的である。これに対して,背景の放射エネルギーから定量的に反射エネルギーを求めて,背景反射を減算する方法が研究されている11)。しかし,背景反射を別途撮像しなくてはならないなど工夫が必要である。
 そこで本研究は偏光理論について着目した。釣りやドライブ等で水面や地面からの反射可視光を抑えるために偏光子が使われている。これは,反射光が反射角度に基づいて偏光しており,偏光子を通すことで一部の反射光を低減できるからである。赤外線は,可視光線の赤色より波長が長い電磁波であり,光の性質を持っている。そのため偏光理論を使用した背景反射の低減などが提案されている12)− 14)。著者らは以前の研究で,絶縁物の偏光理論を利用して絶縁物に対する背景反射の除去を行った15),16)。
 本稿では金属の偏光理論を利用することで,従来の赤外線サーモグラフィ法では背景反射の影響を受けやすい金属を対象とした。まず,偏光子付赤外線サーモグラフィ装置を用いて偏光反射率と偏光放射率を測定した。そして,きず指示と背景反射が重なっていた場合でも,きずを判断できるよう,金属に対する偏光理論を応用した背景反射ときず指示の定量的分離手法を構築し,赤外線サーモグラフィ法の問題を解決した。

 

     
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