機関誌「非破壊検査」 バックナンバー 2015年3月度

巻頭言

「鉄筋コンクリートに対する非破壊検査の計測原理」  内海 秀幸

 一見,緻密で強固なイメージしかないコンクリートも実は見かけの体積の10%程度は空隙が存在す る多孔質体で完全な不透水材料ではありません。そのため,コンクリートは水を吸引しその内部に留 める機構を有しています。このような特性に起因して,その水が乾燥により蒸発する際,コンクリー トの体積を変化させるレベルの収縮応力が生じき裂やひび割れが発生することが知られています。風 雨にさらされるコンクリート構造物は常に内部の応力状態が変化する極めてシビアな状況に「耐えて いる」といって差し支えないでしょう。
 日々の生活の中で少し意識して街中のコンクリート構造物を見ていただければと思います。はく離 やひび割れ,また,鉄骨の錆が表面に湧出しているなど多様な劣化・損傷が目につくことでしょう。 コンクリート構造物が過酷な条件の中で耐えている実態をどなたでも簡単にいたるところで見つける ことができます。
 これまでに建設されてきた社会資本としてのコンクリート構造物は膨大な数に上り,脅かすわけで はありませんが,それらすべてが設計段階で期待されている強度や耐力をそのまま維持しているもの と考えるのは危険です。現在,国の社会インフラ整備における予算の多くは補修や補強に費やされて います。そのため,構造物の健全性の評価と戦略的な維持管理体制の強化は今後我が国の大きな課題 であり,ますますコンクリート構造物に対する非破壊検査技術が担う役割は大きくなるでしょう。
 さて,コンクリート構造物に対する非破壊検査のターゲットは,前述したような内部応力状態の変 化に起因して生じるはく離やき裂・欠落の存在確認(位置も含む),鉄筋のかぶり厚さや腐食の程度, 耐久性低下を励起する化学物質の量,さらには,健全性評価の観点から透気係数など多岐にわたります。 そのため,コンクリート構造物に対する非破壊検査においては,計測の手法や計測データからどのよ うにして必要な情報を引き出すかについて,多様かつ幅広い技術そして様々な学術分野の知見が活用 されています。
 近年,各種の便利な計測システムが開発されるとともに,特に,ソフト面が充実することにより, 計測機器より直接得られた物理量を検査ターゲットである情報に変換する手続きは技術者自らが行う 必要は少なくなってきており,電子画面上で瞬時に表示されるようになってきています。このような 現状は実務上のそれに費やす時間軽減とオペレーターとして活躍できる人材のすそ野を広げる上で大 いに意義があり喜ばしいことでしょう。その反面,情報を引き出すうえで必要となる計測原理が結果 的に「ブラックボックス」の中に入った状況と同じであることから,機器の適応限界,また,計測に 際して配慮する事項等についての認識の脆弱化が懸念されます。
 そこで,今回の特集号では,「情報を引き出す方法」の数理的な手続きについては問題によらず共通 であるとの認識から非破壊検査の根幹である逆解析問題に対するアプローチについて解説いただくと ともに,現在利用されている各種の非破壊検査手法のうち,電磁気学(場のポテンシャル理論),弾性 波動論,科学的な視点に基づいた物質移動論,さらに,冒頭でも述べたように多孔質体としてのコン クリートの耐久性に関連する各種の水分状態の測定原理をフィーチャーし,国内でもそれら各分野に おける牽引的な役割を担ってこられた研究者の方々に執筆いただきました。
 本特集号が,コンクリート構造物の非破壊検査に関わる幅広い関係各位の一助となれば幸いです。

 

 

解説 鉄筋コンクリートに対する非破壊検査の計測原理

逆問題入門
   吉田 郁政   東京都市大学工学部   吉川  仁   京都大学大学院情報学研究科

Introduction to Inverse Problem
The Faculty of Engineering, Tokyo City University Ikumasa YOSHIDA
Department of Applied Analysis and Complex Dynamical System, Kyoto University Hitoshi YOSHIKAWA

キーワード 支配方程式,初期値境界値問題,最小二乗法,非適切性,正則化



1. はじめに
 非破壊検査は維持管理の時代と言われる現代においてその必要性が高まっている。何をどのように計測するかとともに 計測データからどのように必要な情報を引き出すかは大変重要な課題である。「なにをどのように計測するか」は問題ごと に大きく異なるが,「どのように重要な情報を引き出すか」の数理手法の部分は問題によらず共通である。応答の一部を計 測してモデルや入力(境界条件や初期条件)を推定する問題は逆問題と呼ばれている。逆問題は分野によってシステム(パ ラメタ)同定,インバージョン,逆解析,データ同化など様々な呼び方がありニュアンスは多少異なるが,基本的な意味に おいて大きな違いはない。
 本稿では逆問題の数理手法の部分に注目して解説を行う。まずは2 章で具体的に支配方程式を示しながら,初期値境界 値問題の視点から逆問題の意味について述べる。3 章では非適切性や正則化などの概念について線形の最小二乗法の具体 的な例をもとに解説し,4 章ではそうした方法の確率論からの解釈を述べ,5 章では非線形の場合や関連する問題につい て簡単に触れる。

 

 

電磁波を利用した非破壊検査の計測原理
   溝渕 利明   法政大学デザイン工学部

Principle of Measurement in Non-destructive Test using Electromagnetic Waves
Faculty of Engineering & Design, Hosei University Toshiaki MIZOBUCHI

キーワード 電磁波,誘電率,透磁率,かぶり,鉄筋,塩化物量



1. はじめに
 鉄筋コンクリート構造物の維持管理において,劣化状況等を把握するために各種検査法が用いられている。その中で, 構造物に損傷を与えることなくコンクリート内部や鉄筋等の劣化状況を推定することができる非破壊検査法が多用されて いる。非破壊検査法には,検査対象の調査項目の内容によって,使用機器や試験方法が異なってくる。
 ここでは,各種の非破壊検査法のうち電磁波を用いた方法について概説するものである。

 

弾性波動を利用した計測原理と品質評価
    大津 政康   熊本大学大学院自然科学研究科

Basics and Applications of NDE based on Elastodynamics
Graduate School of Science & Technology, Kumamoto University Masayasu OHTSU

キーワード 弾性波動,超音波,伝搬速度,Impact Echo,AE,逆解析



1. はじめに
 土木学会コンクリート委員会弾性波法の非破壊検査326 研究小委員会の活動1),2)などを通じて,鉄筋コンクリート構 造物の非破壊検査への弾性波法の問題点はかなり解明されている。これらの成果に基づいて,弾性波動理論による計測原 理と非破壊検査について解説する。対象とする計測法は,UT(Ultrasonics Testing)法,IE(Impact Echo)法とAE(Acoustic Emission)法である。
 以下で計測に用いる波動は弾性波と定義する。弾性波動の周波数成分は,理論的にはDC(直流電気信号から参照される 0 Hz)から無限大まで存在する。実際の計測では,伝搬中の減衰や計測機器の応答特性などにより周波数帯は決められる。
 周波数と関連してUT で用いる超音波について説明する。空気中を伝搬する縦波(P 波)が音波であり,その中で可聴音域 (一般に20 kHz 程度以下)を超える周波数成分が超音波である。固体では,縦波と横波(S 波)が存在するため,明らかに弾 性波は音波ではない。つまり,超音波は弾性波とは定義が異なる。ただし,慣例に従って圧電素子センサにより20 kHz 以 上の高周波弾性波を発生させ,伝搬波の初動(P 波)をセンサで検出する方法をUT 法と呼ぶことにする。実際には超音 波周波数帯域の縦波を検出する方法と言える。
 この他に弾性体のみならず,粘性や塑性も扱うため,応力波を推奨する向きもあるが,応力は直接に計測しておらず, 以下で論じる基礎理論は弾性波動論に基づいている。

 

コンクリートの水分特性の測定法
    多田 眞作   (株)テクスト

Principles of Measuring Moisture Characteristics of Concrete
Texte, Inc. Shinsaku TADA

キーワード 測定原理,相対湿度,含水率,水蒸気等温吸着,コンクリート



1. はじめに
 コンクリートは多孔質であり,その耐久性は水分の相変化や移動に強く影響される。このため,水分の平衡や移動を定 量的に理解し,現場測定やシミュレーションなどで含水率の経時変化を実測,予測することが重要な研究課題となってい る。その作業の中でもっとも困難を伴うのがセメントペーストと水分の平衡関係や水分収支式の係数となる各種の水分特 性値の実測であり,高信頼性かつ迅速な測定法の開発が望まれている。本稿ではコンクリートの相対湿度,含水率,平衡 含水率,水分移動特性値の測定法の原理と特徴を紹介し,一部の測定法には実例を示した。また平衡状態の水分と等温条 件の水分移動のみを対象とし,測定法も非破壊測定に限るものではない。

 

鉄筋コンクリート内部の鋼材腐食に関する非破壊検査手法
    西田  敬/大下 英吉   中央大学理工学部

Non-Destructive Testing Method for Corrosion Characteristics
of Reinforcing Bar in RC Structures
Faculty of Science and Engineering, Chuo University Kei NISHITA and Hideki OSHITA

キーワード 非破壊検査,鉄筋腐食,自然電位法,分極抵抗法,赤外線,巨視的超音波法



1. はじめに
 近年,既存の鉄筋コンクリート構造物において経年劣化による耐久性能や構造性能の大幅な低下が深刻な問題となって いる。特に,我が国においては高度経済成長期に社会資本が集中的に整備され,これらのストックは建設後既に30 年か ら50 年の期間を経過していることから,今後急速に老朽化が進行すると想定される1)。建設後50 年以上経過した社会資本 の割合を現在と20 年後で比較すると,道路橋は約8%から約53%に急増する。河川管理施設である排水機場・水門等につ いても約23%が約60%,下水道管渠は約2%が約19%,港湾岸壁は約5%が約53%と急増する。このような老朽化した社 会資本に対して,個々の構造物がその機能を十分に発揮し続けることができるよう適切に維持管理・更新し,安全と安心 の確保をすることが望まれている。
 RC 構造物に生じる劣化現象は様々であるが,その中でも塩害ならびに中性化による鉄筋腐食は比較的発生し易く,図1 に示すような腐食膨張によってかぶりコンクリートへのひび割れ発生を引き起こす。さらには,図2,図3,図4 に示すよ うなRC 梁部材の耐荷力の低下,鉄筋とコンクリートの付着性能の低下などに直結し,構造性能に及ぼす影響が大きい要 因である。したがって,鉄筋の腐食性状を適切に評価し,併せてその性状を評価可能なモデルを構築することが,RC 構造 物の構造性能評価を行う上で非常に重要な位置付けにある2)。

 

コンクリート中の塩化物イオンの挙動と劣化に関する数値解析
    石田 哲也   東京大学大学院工学系研究科

Numerical Simulation on Chloride Ion Transport in Concrete
The School of Engineering, The University of Tokyo Tetsuya ISHIDA

キーワード 塩化物イオン,耐久性,塩素固定化,水和物,拡散,移流,化学平衡



1. はじめに
 コンクリートは元来,物理的・化学的に安定した性質を持ち,劣化に強く耐久性に優れた材料である。また補強材として内 部に配置される鋼材も,コンクリートが有する強いアルカリ性によって,表面に不動態被膜が形成されるために錆びにく い状態で安定している。しかしながら,塩化物イオンが鋼材周りに存在する場合,鋼材表面の不動態被膜は不安定な状態 となり,腐食が開始する。鋼材腐食の発生開始時期と速度は,コンクリート内部に存在する塩化物イオン量に依存すること から,その量を何らかの形で把握することが工学上の重要課題となっている。
 コンクリート構造物への塩化物イオンの侵入経路は,セメント,練混ぜ水,骨材といった材料に含まれるもの(内在塩分), コンクリートの硬化後,海水の作用や凍結防止剤散布環境下において,外部から侵入するもの(外来塩分)がある。外来 塩分が作用する場合,置かれた環境条件に応じて,コンクリート内部に塩化物イオンがいかに浸透するか評価することが求 められる。本稿では,コンクリート内部の塩化物イオンの挙動を予測する際に解くことになる支配方程式と,塩化物イオ ンのセメント硬化体への固定化と移動メカニズムについて,筆者の数値解析モデルを例に挙げながら概説する。さらに塩 化物イオンのみならず,海水や地下水などに含まれる複数種のイオンの移動・反応・化学平衡を取り扱う手法についても, 近年の研究を引用して簡単に紹介する。

 

     
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