機関誌「非破壊検査」 バックナンバー 2005年10月度

巻頭言

安全と安心  尾上 守夫

 広辞苑によれば安全とは「物事が損傷したり,危害を受けたりする恐れがないこと」とあり,一方安心とは「不安や心配がないこと」とある。技術の目標は機 械・設備や作業環境の安全を確保して,社会に安心を与えることにあるといえよう。「日本人は安全と水は無料で手に入ると思いこんでいる」と「ユダヤ人と日 本人」に書かれたのは1970年代の初めである。それだけ当時は安全平和な社会であったのであろう。今は水道水の千倍もするペットボトル入りの水が普通に 飲まれている。その理由に味とともに安全が上げられているのは興味深い。半世紀前に私がニューヨークに留学した時,玄関の扉に錠が2重にあることをよく理 解できなかった。今は日本でも「ワンドア,ツーロック」は普通のことになった。科学技術や経済の発展とともに危険も増大してきたのである。増大しただけで なく,新しい危険も生じてきている。そのいくつかを考えてみたい。
 ロボット技術の発展はめざましいものがあり,今までは工場にしかなかったロボットが家庭にも進出するようになった。介護や家事手伝いなどこれからの高齢 化・少子化社会への有力な対策と考えられている。工場のロボットの安全は,隔離やインターロックなどで確保されている。しかし家庭において,しかも人間と 接触しながら動作するようなロボットの安全確保には新しい視点が必要である。太陽光発電,風力発電,燃料電池など発電の分散化が進んでいる。しかもそれが 大きな系統につながっている。従来の主任技術者が常駐するような大発電所の安全確保とは異なる発想が必要になってきている。高度成長期に建設された多くの 設備,構造物が当初の予想寿命を超えて,あるいは使用頻度,荷重を超えて使われている例が少なくない。安全確保の上でこれらの危険度を予測し,必要ならば 補修,強化することが求められている。効率化経営の名の下に,終身雇用が否定され,雇用の流動化・外部委託と成果主義が進んでいる。そうなると知識・技能 は組織全体の財産として蓄積されにくくなってきて,安全第一は掛け声だけに終わりやすくなる。全てのシステムにおいてネットワークによる通信・制御が欠か せなくなってきている。それによって工場の遠隔操業や家庭内での情報家電機器の制御が可能になってきた。しかし,今のインターネットを中核とするネット ワークは極言すれば裸に近い状態であって,事故,災害,テロなどに意外に弱い一面を持っている。
 勿論これらに対してリスク分析,リスク評価を中心とする安全設計が広く取り入れられるようになってきている。またIEC/ISOガイド51や IEC61508など安全規格の国際化が進んでおり,わが国も対応を迫られている。しかし,皮肉なことに,これらの精緻に築きあげられた技術やシステムの 隙間をぬって重大事故は後を絶たない。それも往々にして人災として片付けられてしまうような単純ミスや規則違反が原因になっている。それが人間の本性であ ることをよく認識しないといけない。
 こうした状況の下で非破壊検査が安全のキー技術であることが再認識されつつある。製造や補修時に活躍することはいうまでもないが,稼動中のリアルタイム の監視ができることが強みである。人間の健康維持には治療のための検査もさることながら,日常の健康状態のモニターが効果を発揮するように,機械やシステ ムの安全確保も日常的なモニターが大事である。そういう意味で一時は専門に細分化した非破壊検査業界も,総合化してトータルな安全保証サービスを提供する ことが求められている。

*東京大学名誉教授,元リコー副社長(154-0004 世田谷区太子堂4-9-7)非破壊検査,画像情報処理,OA,圧電振動子およびフィルタ,巨大樹計測用CTなどを研究。

 

解説 安全と災害予防

リスクマネジメントの現実
   本位田正平

Real Features of Risk Management Practices Syouhei HONIDEN
キーワード リスクの処理,リスクマネジメント用語WG,JIS Q 2001



1. リスクマネジメントの存在
[リスクマネジメントとは]
 リスクマネジメントは,リスク問題の処理の仕方を進めて行くプロセスを標準化することを意味している。そのようなリスクに関する考え方は偶然や突発的な 出来事で災害が生じてしまうのでは無く,災害やリスクをよく知ることでリスクそのものを研究し,処理方法を考えるという,リスクに対する新しい考えに基づ いた経営理念である。
 アメリカでは経営者は極めて短期間に経営力を示さなければならず,万一の災害の場合における復旧も一日も早いことが望まれる。そのための処理権限を与えられると同時に失敗の場合は大きな責任も取らされる。
 そのためリスクという考え方が,存在するものの災害とその救済,つまり保険の考え方の中に存在しており,実務上も有効に利用されていた。そこからリスク をどう取り扱うか,の研究が行われ始めた。存在する様々なリスクを何らかの形で管理(マネジメント)出来ないだろうかという発想である。1. リスクマネ ジメントの存在
[リスクマネジメントとは]
 リスクマネジメントは,リスク問題の処理の仕方を進めて行くプロセスを標準化することを意味している。そのようなリスクに関する考え方は偶然や突発的な 出来事で災害が生じてしまうのでは無く,災害やリスクをよく知ることでリスクそのものを研究し,処理方法を考えるという,リスクに対する新しい考えに基づ いた経営理念である。
 アメリカでは経営者は極めて短期間に経営力を示さなければならず,万一の災害の場合における復旧も一日も早いことが望まれる。そのための処理権限を与えられると同時に失敗の場合は大きな責任も取らされる。
 そのためリスクという考え方が,存在するものの災害とその救済,つまり保険の考え方の中に存在しており,実務上も有効に利用されていた。そこからリスク をどう取り扱うか,の研究が行われ始めた。存在する様々なリスクを何らかの形で管理(マネジメント)出来ないだろうかという発想である。

 

 

地震予知の科学
   加藤 照之 東京大学地震研究所 地震予知研究推進センター

Science of Earthquake Prediction
Teruyuki KATO Earthquake Research Institute, The University of Tokyo 
キーワード 地震予知,GPS,地殻変動,断層運動,確率予測



1. はじめに 
 昨年から今年にかけて日本内外で大きな地震が続発し,大きな被害に見舞われた。とりわけ,2004年12月に発生したスマトラ沖地震・津波はインド洋沿 岸諸国において死者行方不明者が20万人を超えるという未曾有の大災害となった。こうしたニュースに接するたびに「地震予知ができればもっと人の命は救え るのではないか」と考えたくなる。
 残念ながら,現在の科学のレベルでは地震を正確に予知することは不可能である。しかしながら,巷では「私は地震予知ができる」と唱える人も後を絶たな い。はたしてほんとうの「地震予知」とは何なのだろうか。我々は科学的な立場から地震予知の研究を行ってきた。本稿では,科学的な地震予知研究とは何なの かを考えながら最近の研究の成果を紹介し,今後の地震予知研究のあり方について考えてみたい。

 

土石流発生現象とシミュレーション
   堀井 宣幸 (独)産業安全研究所 建設安全研究グループ


Phenomena of Debris Flows and a Simulation Method
Noriyuki HORII National Institute of Industrial Safety
  キーワード 土石流,シミュレーション,GIS,数値解析,土石流検知センサー,最適配置



1. はじめに
 平成8年12月6日,長野と新潟の県境に位置する蒲原沢(姫川支川)において大規模な土石流が発生し,砂防工事を行っていた作業員が土石流に巻き込ま れ,23名が死傷するという重大災害となった(図1参照)。土石流災害が一旦発生した場合には多数の現場作業員が被災する確率は極めて高く,さらに一作業 現場に止まらず近隣住民を巻き込んで広範囲に被害が拡大することもあり,社会的影響も甚大なものがある。
 土石流が発生し流下するには,渓流に土石が存在し,あるいは供給されることが必要で,それが渓床勾配,水理条件,渓床土砂の堆積形態などの諸条件が満足されなければならない。土石流の発生形態はおおむね次のような5つの型に分類されている1)。
?豪雨などにより山腹斜面とくに谷頭部に多量の水が供給
され,山腹崩壊や地すべり性崩壊が起こり,崩壊土砂が崩壊に伴う噴出水や表流水とともに一気に急斜面を流下し直接土石流となる場合,また崩落による衝撃が渓床土砂を流動化させる場合。
?山腹や渓岸の崩壊物が渓流をせき止め,一時的にダム・
アップした形となり,これが水圧で破れるか,崩落物の上を溢流して急激な崩壊をひきおこして土石流となる場合。
?渓床上の堆積土砂が,豪雨などによる異常な洪水流に
よって急激に移動を始めて土石流となり,さらに渓岸を浸食して多量の土砂を加えながら流下する場合。
?粘質土地すべりにおいて流動化した土塊がそのまま土石
流となって流下する場合。
?火山爆発や火口湖決壊による場合(火山泥流型)。
 このような形態で発生する土石流は,渓流を流下しながら渓岸や渓床を浸食して多量の土砂を巻き込み,巨大な破壊エネルギーを持って下流へ高速で移動し,広範囲に被害を及ぼす危険性の高い現象である。
 本報で報告する土石流流下シミュレーションシステムは,今後必要性が高くなる土石流検知センサーについて,その最適な配置計画を支援するための解析ツールとして構築したものである。

 

監視カメラによる人体と移動体追跡
   呂   健/濱島 京子 (独)産業安全研究所


Tracking Human-bodies and Moving Objects by Surveillance Cameras
Jian LU and Kyoko HAMASHIMA National Institute of Industrial Safety
キーワード 監視カメラ,追跡,全方位カメラ,安全制御,移動式ロボット



1. はじめに
 FA工場における人間と機械の協調型作業環境では,機械が定位置に固定されるという従来の方式と大きく異なり,現場内を移動ロボットなど自動機械が走行 し,人間と機械の作業領域が重複することもある。これにより,機械と人間の領域を明確に分離することができず,柵や囲いによる分離を原則とした従来の安全 対策は適用できない。このため,機械側においては,作業環境と状況に関する情報,特に人間と移動する自動機械(以下,まとめて移動体と呼ぶ)の位置を常時 把握(追跡)し,危険時に災害を回避する行動を実行しなければならならない。
 レーザ,超音波センサ等,従来のセンサは移動体を検知できるが,出力できる情報はおおよその位置であり,高度自動化機械の安全かつ効率的な制御に必要とされる追跡を実現するには,まだ不十分である。
 一方,視覚センサとしての監視カメラ技術において,ハードウェア性能と画像認識技術の性能がともに著しく向上した。すでに,セキュリティ分野の応用とし て侵入者を検知してその動きを追跡したり,さらにはカメラの角度を制御して自動追尾したり,ズームアップするということまでも可能となってきている 1),2)。
 本稿では,監視カメラの一種の全方位カメラによる移動体追跡手法,それに基づいた衝突予測・防止,著者らがこれらの手法を用いて行った衝突防止実験,安全制御の適用についての問題点と解決策などを述べる。

 

 

コンピュータモデルを用いた自動車事故における人体傷害メカニズムの解明
   江島  晋 (財)日本自動車研究所


Analysis of Injury Mechanisms in Automobile Accidents using Human Modeling
キーワード  安全性,損傷評価,有限要素法,シミュレーション,自動車



1. はじめに
 全国交通事故統計データ1)(図1)によれば,交通事故死者数は,自動車の衝突安全技術の向上(衝撃吸収性能,安全装備品)などが功を奏し減少傾向を示 している。しかしながら,負傷者の数は,年々増加傾向にあり,2004年度には,約120万人となり,更なる安全技術の向上が求められている。
 自動車の衝突安全性の向上には,衝突時に発生する傷害とその時の衝撃量を把握し,人体の組織構造に対して,どのように外力(力・加速度等)が作用するか について検討することが不可欠である。さらに,発生した傷害がどのような生理学的な反応に起因するかなども明らかにできれば,より詳細な傷害メカニズムの 検討が可能となる。しかしながら,実際の自動車事故における人体への衝撃は,様々な衝突形態で起きているだけでなく,傷害の度合いについても個人差があ る。そのため,人間の衝撃耐性としての傷害発生メカニズム解明のための実験的な取り組み手法などについては様々な困難が予想される。
 近年,コンピュータ技術の発達に伴い,人体の構造を忠実に再現したバーチャルモデル(図2)を作成し,コンピュータ・シミュレーションによる傷害発生メ カニズムを予測することが試みられている。これらのモデルは,傷害発生の過程における複雑な現象を忠実に再現することを目的としているため,生体組織の幾 何形状,ならびに機械的特性を精度良くモデル化する努力が行われている。こうした人体モデルの幾何形状の基本となるのが,人体のX線断層写真や解剖学的な 構造であり,人体の構造を表す骨格はもとより軟組織(脂肪,筋肉等)も考慮されている。さらに,発生する傷害についてより詳細に検討するために,特定の部 位に限定した精密モデル等が提案されている。これらのコンピュータモデルは,実験で計測することが困難な軟部組織等の傷害を評価できるだけでなく,仮想的 な条件を設定した解析(パラメータスタディ)が可能である。そのため,人体コンピュータモデルは傷害発生メカニズムを明らかにする上で有効なツールとなっ ている。
 ここでは,インパクト・バイオメカニクス(衝突傷害のバイオメカニクス)について,(財)日本自動車研究所において実施しているコンピュータモデルを用いた人体傷害発生メカニズム解明を中心とした研究例とその知見,ならびに今後の課題などを紹介する。

 

 

自動車の衝突試験
   鷹取  収 (財)日本自動車研究所


Collision Test Method for Automobiles Osamu TAKATORI Japan Automobile Research Institute
キーワード 判定基準,安全性,有限要素法,シミュレーション,自動車



 1. はじめに
 平成16年の交通事故による死者数は,昭和32年以来46年ぶりに7千人台まで減少した平成15年の死者数を更に344人下回り,7,358人まで減少 した。しかしながら,発生件数及び負傷者数は,過去最悪を記録した平成15年を上回り,発生件数は5年連続で90万件を超え952,191件であった。負 傷者数は6年連続で100万人を超え1,183,120人であった。このような状況から,事故を回避するための予防安全,万が一事故に巻き込まれたときの 被害を軽減するための衝突安全のそれぞれの視点から安全性を向上させるための方策が取られている。
 一般的には自動車の衝突安全性を評価するために実車を用いた衝突試験を行う。自動車の衝突試験は,1970年に米国運輸省より自動車交通安全を目標とし たESV (Experimental Safety Vehicle)計画が発表され,諸外国とともに日本もこれに参画した。日本において本格的に衝突試験が実施されるようになったのは,この頃からである。 近年では,コンピュータシミュレーション技術を利用することにより衝突試験数の削減が試みられている。
 本稿では,日本の安全基準に定めている自動車の衝突試験法について紹介するとともに,近年飛躍的に進歩しているコンピュータシミュレーションの解析例についても紹介する。

 

 

論文

AE法による打抜き加工のバリ発生評価
   西本 重人/新家  昇

Evaluation of Burr During Punching Process Using AE Method
Shigeto NISHIMOTO* and Noboru SHINKE**
Abstract
The wear of a punch in press equipment makes burrs on a piece of work, so that the dimensions of the product not can be properly achieved with specified accuracy. In this report, the evaluation of burr during the punching process was investigated using the AE method. The results are as follows : 1) AE is generated continuously due to burrs on a work piece. 2) AE amplitude increases with the number of pieces produced, but remains approximately constant at on reaching a certain number. This corresponds to the time of experience-based tool change. 3) There is a good correlation between the height of burr and the AE energy. 4) The AE energy caused by burrs is independent of working conditions such as punching speed, shape and dimensions of the punch. 5) Based on the above experimental results, we made a special device capable of detecting burrs which occur on a work piece.
Key Words Acoustic Emission, Burr,Wear,Tool,Maintenance



1. 緒言
 金型を用いるプレス加工の中で,特に打抜き加工は切削加工などの加工法と比較して加工速度が速く,大量生産に向くことから,自動車や鉄鋼業界,また家電 業界をはじめ,あらゆる分野で使用されている。しかし,その反面,金型は構造が複雑であるために,金型を構成するパンチやダイの摩耗を稼動中に判断するこ とは困難である。また,さらに,その高速加工性により,いったんパンチやダイに異常が発生すると大量に不良品が発生する。現在,金型異常の検出方法として は,主に加工後の製品の抜取り検査や金型を定期的に交換する方法などが行われている。しかし,上記の方法では,突発的な金型の損傷により発生する不良品を 防止することは困難である。さらに定期的な金型の交換は,金型コストの増大,段取り替えによるラインの停止など,生産コスト上昇の大きな原因となっている ことから,パンチやダイの異常を稼動中に的確に評価する技術の開発が望まれている1)。
 金型の異常としては,主に1)工具の摩耗によるバリの発生,2)パンチあるいはダイの折損,3)異物混入(主にカス上がり)による圧痕などをあげること ができるが,不良発生の原因としてもっとも影響が大きく,発生頻度が高いのは1)のバリの発生である2)。一方,切削工具の摩耗および欠損の評価方法とし てAE法が有効であることが報告されている3),4)。そこで,本報ではパンチあるいはダイの摩耗によるバリの発生の評価にAE法の適用を試みた。その結 果,バリの発生により放出されるAEの特徴を明らかにするとともに,得られた知見を実際のプレス設備に適用し,バリの早期検出に良好な結果を得たので報告 する。

原稿受付:平成16年7月1日
 日本フィジカルアコースティクス(株)(奈良県生駒市小平尾町107-23)Nippon Physical Acoustics, LTD
 関西大学工学部Faculty of Engineering, Kansai University

 

斜角探傷試験のための超音波散乱シミュレーション
   中畑 和之/廣瀬 壮一

Simulation of Scattered Wave for Angle Beam Ultrasonic Testing
Kazuyuki NAKAHATA* and Sohichi HIROSE**
Abstract
This paper proposes a numerical model that can predict pulse-echo and pitch-catch signals in angle beam ultrasonic testing (UT). This modeling is based on the theory of a time-shift invariant system and each factor of ultrasonic measurement is individually characterized. We here treat an entire modeling of the angle beam UT including ultrasonic wave generation from an angle beam transducer, transmission from the transducer to a specimen and vice versa, and scattering by flaws in the specimen. A multi-Gaussian beam model is introduced into mathematical expressions of wave propagations in both transmission and reception processes. Scattering analyses are performed by means of the boundary element method. In this paper, the performance of this modeling is shown by simulations of scattered waveforms from an isolated internal crack and a surface-breaking crack.
Key Words Ultrasonics, Simulation, Angle Beam Transducer, BEM, Multi-Gaussian Beam Modelv



1. 緒言
 超音波を用いて部材内部あるいは表面の損傷・劣化の状況を非破壊的に検査する方法の一つに,斜角探傷試験がある。特に斜角探傷試験によるクラック(き 裂,ひび割れ)のサイジング技術は,昨今の原子力関連施設のメンテナンスに対しても信頼性の観点から実用化され,改良も行われている1)。斜角探傷試験に 用いられる探触子は,振動子(圧電素子)とウエッジ(くさび)から成り,振動子に電気パルスを負荷することにより,ウエッジを介して試験体に一定の屈折角 で弾性波を励起するものである。
 本論文では,斜角探触子の振動子からウエッジを介して試験体内部に屈折した超音波の送信過程,欠陥による散乱過程,斜角探触子までの散乱波の受信過程の 三つの過程で構成される斜角探傷試験の全経路をモデル化し,欠陥エコーをシミュレーションすることを目的とする。実際の斜角探触子から試験体中に送信され た超音波(入射波)は拡がり2)を有しており,超音波ビームの拡がりを解析的に評価するためにマルチガウシアンビーム3)(MGB)を用いる。試験体内に 伝搬した超音波は欠陥によって散乱され,この散乱波が受信用の斜角探触子によって計測される。ここでは,欠陥による散乱波を境界要素法(BEM)を用いて 数値計算によって求め,散乱波の伝搬過程にもMGBを適用することによって受信探触子の特性も考慮したシミュレーションを試みる。この入射波や散乱波の表 現を線形時不変(LTI)システム4)の影響関数として組み込むことによって,超音波探傷試験の計測系がモデル化される。LTIシステムを基に超音波の計 測系全体をモデル化したものにSchmerr5)やSongら6)の研究があるが,欠陥による散乱解析をも厳密に含めたシミュレーションは筆者の知る限り 行われていない。
 数値シミュレーションの代表的な計算技術として,有限要素法(FEM),差分法(FDM)の領域型の解法がある7)。有限領域の問題に対しては,これら の領域型解法を適用することで超音波シミュレーションが可能であるが,超音波探傷試験で用いられる超音波の波長と検査対象領域の大きさを考えると領域全体 を数値計算した場合の計算コストは相当なものとなる8)。一方,BEMは試験体や欠陥の境界のみを要素分割する境界型解法である。本論文におけるLTIシ ステムに基づくシミュレーションでは,BEMを欠陥による散乱波の計算にのみ適用し,超音波伝搬過程における種々の影響関数はMGBを用いて解析的に評価 する。BEMによる数値計算は欠陥による散乱波の解析に限定されることから,計算コストの大幅な削減が可能となる。本論文では,一探触子法と二探触子法に よる斜角探傷試験のモデリングを行い,このモデルに基づくクラックによる散乱エコーのシミュレーションを示す。

原稿受付:平成16年5月31日
 愛媛大学 工学部環境建設工学科(愛媛県松山市文京町3)Department of Civil and Environmental Engineering, Ehime University
 東京工業大学大学院 情報理工学研究科情報環境学専攻(東京都目黒区大岡山2-12-1)Department of Mechanical and Environmental Informatics, Tokyo Institute of Technology

 

     
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