70th

機関誌「非破壊検査」 バックナンバー 2016年3月度

巻頭言

「今技術教育の現場では」  小堀 修身

  昨今の技術に関連したニュースに,くい打ちデータの改ざん,防振ゴムの不良品販売,落橋防止装 置の溶接不良などがある。いずれも一昔前のような技術的未熟さから出たものではなく,立派な技術 を持ちながらあえて犯した不祥事としか言いようがない。さらに廃棄物食品の再販売事件に関連して, かつては隣国で作られた食品は不安がいっぱいで口にできないと批判し多くの人が購入を控えたこと も報道されたが,隣国の批判はおろか自国でも同じかと思うと信頼が裏切られた思いばかりでなく, これまで日本の生産品に対して抱いていたプライドを一気に失ったようにさえ思えた。
 科学技術が進歩し,100 円均一に代表されるように,便利な用品が安価で大量に製作されると,薄利 多売による利益の確保を優先し,信頼性のない部品でも安価で販売する行為が平気で行われる風潮に なりつつあるのか?また製品ばかりでなく,格安旅行などの過当競争が事故を招いている例も報告さ れている。
 すぐれた科学技術を持っているはずの日本が,今どの方向に向かっているのか知る手がかりとして, 科学技術教育は本来どうあるべきか,技術教育の今昔,最近の技術教育を受ける学生の現状,そして, ものづくり技能教育の現場の事情などを紹介して,編集委員会担当の教育特集とした。
 「これでよいのか日本は」と題した坂本先生の解説は,日本が列強と肩を並べるためには,技術教育 の必要性があったことを指摘しているが,形而下学に走りすぎたこと,技術教育と一緒に人格の陶冶, 徳育教育が必要であること,精神文化と技術の融合が不可欠であることを指摘している。先述した最 近の風潮に対しても先人はすでに予測していたような指摘も含まれている。
 昨今の文部科学省は教育改革として,社会で即戦力となりうる人材の養成を求める実学志向の方針 を打ち出しているが,これには技術に携わるこれからの若者の人格の陶冶や倫理観の育成など,ここ で指摘されているような配慮は見当たらない。
 西原先生の解説では「数学力低下の根本原因と効果的な教育法の提案?学生と教育現場で?」と題 して,根本原因は中学校の数学の初期段階で,数とか四則計算の意味を理解せずに感覚的に解いてい る現状を指摘して,図解による迅速な理解の方法を提案,実践している実情を解説していただいた。 単に公式に基づいた計算ではなく,考え方をはじめ,容易な理解につながる解説で,高等学校までの 数学の理解がどうしてできていないかを知ったうえでの内容であり,かなりご苦労された跡が表れて いる。復習の意味で筆者も基礎力養成問題に挑戦してみた。

 

 

解説 「今技術教育の現場では」

これでよいのか日本は -考えさせない時代にどう対処するか-
   坂本  勇 大阪産業大学 名誉教授

Japanese Way in the Future-Action Method of Thinking
Professor Emeritus of Osaka-Sangyo University Isamu SAKAMOTO

キーワード 形而上学の勧め,徳育教育の復活,精神文化と技術の融合,活字離れ

1. 末期の眼で
 どうして,活力のない状態が久しく続くのだろう。このままで世代間交替はうまく進むのだろうかと心許ない。現代は 「考えさせない」,「考えようとしない」仕組みが整い過ぎて,更に思想,教育そして価値までも「市場経済的システム」に 鋳直していこうとする風潮と,「無限の進歩」という観念に巻き込まれた不安定なときにある。それは経済の問題ではな く,これまでの枠組みや秩序が時代に合わなくなってきているということであり,それは,同時に教育の姿勢と深く関わっ ている。いま,求められていることは<末期の眼>で眺めて,パラダイムを転換して,制度的な回路から脱皮して,急ぎ相 応しい枠組みを構築することである。

 

 

数学力低下の根本原因と効果的な教育法の提案 -学生と教育現場で-
   西原 一嘉 大阪電気通信大学名誉教授

An Effective Teaching Method for Students to Acquire
the Basic Ability of Mathematics
Professor Emeritus of Osaka Electro-Communication University Kazuyoshi NISHIHARA

キーワード 数学教育法,数学力低下,基礎能力評価テスト,基礎能力養成テスト

1. はじめに
 設計の演習を指導しているときに学生がおかしな計算をすることを発見し,機械設計技術者講習会の選抜試験問題(付録1), 数学検定の問題を中心にいくつかの基礎的な問題を解かせた。
 解答過程を分析したところ,数の意味,四則計算等の意味を理解せず感覚的に解いているという数学力の恐るべき低下 の現状であった。本稿では,学生の数学力低下の根本原因は数,分数,小数,無理数等の数の意味,四則の根拠,等式の意味 が理解されていないとの認識のもと,できるだけ図解により分数,小数,無理数,等式の意味を容易にかつ迅速に理解させ る説明を行い,これらの基礎能力を養成する問題(付録2)を作成した。

 

理工系の大学教育が置かれている状況の変化と学生の実情
    結城 宏信/澁井 敬 電気通信大学/電気通信大学生活協同組合

Change of Situation in University Education of Science and Engineering
and Nature of Students
The University of Electro-Communications Hironobu YUKI
The University of Electro-Communications Co-operative Association Takashi SHIBUI

キーワード 工学教育,技術教育,授業,専門性,学生生活,アンケート調査



1. はじめに
 我が国の高等学校卒業者の大学への進学率は年々ほぼ単調に増加しており,2015 年度は過去最高であった前年度と同じ 51.5%を記録している1)。それに伴って大学へ入学してくる学生の気質には大きな変化が見られるようになった。少なくと も理工系に限っていえば,かつては大半の学生は自分が何を学びたいのか大筋で固まっていて,内容や程度の差こそあれ 自分から動いて学ぶと考えて大きな間違いはなかった。しかし,いまの時代にこの仮定は成り立たない場合が多い。入学 者像の変化に応じた教育が大学には求められている。
 ところで,学生や教職員の大学生活を支援するための生活協同組合(大学生協)がある大学も少なくなく,各大学生協 の連携と事業の効率化を図るために全国大学生活協同組合連合会(全国大学生協連)が組織されている。全国大学生協連 では学生の考え方や生活の実態を把握するためのアンケート調査を毎年行っており,大学の置かれている状況を学生の視 点から捉えた興味深い結果が集まっている。
 本稿では大学における教育の枠組みの変化と全国大学生協連のアンケート調査に基づいた学生の実情を,理工系の視点 から述べる。

 

技術教育の伝承と精神の継承
    佐野 浩 新潟経営大学

Succession of Technology Education and the Spirit
Niigata University of Management Hiroshi SANO

キーワード 技術教育,徒弟制,実業教育,人材養成,企業内教育



1. はじめに
 科学・技術の進歩は我々の社会生活を向上させ,飛躍的な繁栄をもたらした。科学・技術の発展は,人類の抱える様々 な問題の解決に貢献するものであり,現代社会の科学・技術への依存度は高まる一方である。しかしその反面,巨大化・ 複雑化するシステムはひとたび問題が発生すれば,もはや人間には制御不可能となる危険性もはらんでいる。環境や食糧, エネルギー,医療などのあらゆる分野で科学・技術の発展に大きな期待が寄せられる一方で,様々な事故や問題が起こる 度に,技術者の社会的責任の重さを痛感せざるを得ない。
 機械や製品を作り,運用するのは人間であり,人為的過誤や失敗の発生を根絶することは難しい。人は間違える生き物 であり,人間の注意力には限界があるからである。しかし,近年の事例を見ると,これまでの我が国では到底考えられな かったような見落としや過信が原因で起きる事故や,事故発生時の初動対応のまずさが数多く見られるようになった。
 こうした事態は,技術教育の伝承と精神の継承に問題があることを想起させる。技術者の倫理観・危機意識の低下,ト ラブル対処経験の不足に起因する危機管理能力の欠如など,技術教育は大きな課題に直面しているのではないだろうか。
 するべき時にするべきことをしない時,するべきではない時にするべきではないことをする時,事故は起こる。しかし, 科学・技術と社会が発展し,複合的に関わる中で,これまでの経験則だけでは予測し難い事態も増えているのである。
 現代の技術者に何が求められているのか。これからの技術教育はどうあるべきか。本稿では,我が国の近代化と技術教 育の歴史的変遷を振り返り,問題の所在と課題を考察する。

 

技術・技能伝承の取り組み紹介 -技能者教育への提案-
    松村 裕次 奈良県立奈良朱雀高等学校

Efforts Introduction of Passing Down of Technology and Skills
? Suggestion to Technician Education ?
Nara Prefectural Nara-Suzaku Senior High School Yuji MATSUMURA

キーワード 工業教育,ものづくり教育,技能伝承,技能検定,ものづくりマイスター



1. はじめに
 大学生の学力低下と並んで企業での「技術・技能の伝承」がこれからの日本の工業界の課題であると指摘されており, 工業系の高等学校現場においてもこの問題は深刻化している。以前,工業高校の教員は企業の生産現場で勤めていた,いわ ゆる元職人と呼ばれる方々を採用していた時代もあったので,質の高い技能伝承が教育の場においても行われていた。また, これらの方々に新任教員時代に技能を教えてもらった経験を先輩の教員から聞いたこともあった。しかし,現在の工業高 校教員の多くは十分な技能を大学で身に付ける機会もなく,工業系の大学を卒業し,ペーパーテスト重視の採用試験に合 格して工業科の教員となっているのが現状ではないかと思われる。更に進学率が上がって,普通科への進学が主流となって, かつての技能者を育成できるような工業高校の状況は遠い昔の話になっているところも多数あると聞いている。
 筆者の勤務する高等学校は,前身は商工高校であったが,現在の校名になってから,積極的な「ものづくり」を目指し た技術・技能教育を模索してきた。こうした技術・技能教育の実践を通して「ものづくり」とはどうあるべきか,技能の 伝承はどうしたらよいかのヒントを得るとともに,改めて次代を担う技術者育成の教育について考える機会となった。こ こでは,本科での教育実践の紹介とその過程で感じた教育の在り方などについて紹介する。

     
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