機関誌「非破壊検査」 バックナンバー 2014年10月度

巻頭言

「産業プラントと社会インフラにおける高経年化マネジメントⅡ」特集号刊行にあたって  津田  浩

 我が国は今後,急速に老齢化人口が増えるだけでなく,高度成長期に建てられ老朽化した産業・社 会インフラを多く抱えることになります。その代表例として1964 年の東京オリンピック開催に向けて 整備された首都高速道路が挙げられますが,20 年後には国内の半数以上の橋梁が築50 年を超えると言 われています。
 人間は加齢に伴い健康上,様々な問題が生じますが,自己管理,定期検査,および必要な治療を受 けることで延命することができます。優れた医療技術の発展により我が国は世界に誇る長寿国になり ました。構造物も人の身体と同じように経年により構造上の問題点が増えてくることは不可避ですが, 適切な監視と検査,そして必要と判断された補修を行うことで耐用年数を延ばすことができます。今後, 老朽化した産業・社会インフラの健全性を維持管理するための監視と検査の優れた技術を開発するこ とは安全・安心な社会を構築するために非常に重要な課題になります。
 2012 年12 月の笹子トンネル事故以降,構造物の経年劣化対策に関する国主導のプロジェクトが増 え始め,今年に入っても同様なテーマの大型プロジェクト公募が継続していることから,我が国が抱 える老朽化した産業・社会インフラの維持管理の深刻さがうかがわれます。
 保守検査部門では昨年9 月号に「産業プラントと社会インフラにおける高経年化マネジメント」と 題した特集号を企画しましたが,上述のように老朽化した構造物の維持管理に関する注目度が高いこ とから今年度も引き続き,経年化した構造物のマネジメントに関する解説特集号を組むことにしまし た。今回の特集号ではコンクリート構造物を対象とした分光分析による塩分分布測定とX 線による構 造検査,産業プラントを対象とした無線技術を利用した設備保全技術,および大型構造物を対象とし たデジタルカメラを用いた変形分布計測技術に関する5 つの解説を執筆いただきました。
 本特集号を構成するにあたり,この分野でご活躍されている第一人者から執筆いただくことができ, 大変充実した内容になったと自負しています。今回の特集号が,読者の皆様にお役に立てれば幸甚で ございます。なお,末筆ながらご多忙なところ本特集号に寄稿いただきました執筆者の皆様に誌面を 借りてお礼申し上げます。

 

 

解説 非破壊検査の知識普及活動

分光分析を用いたコンクリート構造物の塩分分布測定方法の開発
 戸田 勝哉  楊   威   (株)IHI インフラシステム
 富山  潤   琉球大学
 下村  匠   長岡技術科学大学

Development of Salinity Distribution Measuring Method of Concrete Structures
by Spectroanalysis
IHI Infrastructure Systems Co., Ltd. Katsuya TODA and Wei YANG
University of the Ryukyus Jun TOMIYAMA
Nagaoka University of Technology Takumi SHIMOMURA

キーワード 塩害,飛来塩分,融雪剤,非破壊検査,分光分析,拭き取り



1. はじめに
 コンクリート構造物は,安価で強度が高くどのような形状にも作製することができるため,橋梁などの社会インフラ, 住宅や工場などの民間資本において大量に使用されてきている。しかしながら,塩分などが外部より内部に浸透することで, 鋼材が腐食し,部材の耐力が低下することが問題となっている。そのような劣化が顕在化されるまでは,表面上は変化が 無くメンテナンスを施すにも,どこから優先的に実施するのか判断することは難しい。
 コンクリート中の塩化物イオン濃度を調べる方法は,φ 50 〜 100 mm のコア抜きを行い,スライスした後粉砕して化学分 析を行うことが一般的である。しかし,このような方法は構造物を破壊するため,補修が必要である。また,どのような 箇所からコア抜きを実施するかの根拠が必要である。そこで,筆者らはメロンなどの糖度計の非破壊検査技術である1),近 赤外分光法を用いて短時間で効率良くコンクリート表面にある塩化物イオンを面的に示す方法を開発した。この様な研究 は,金田や郡らが室内や実構造物でその有効性を確認している2),3)。しかし,短時間で広範囲を測定するとなると,こ れらの測定および診断が合理的なシステムとなる必要がある。本稿では,実構造物で既に行われている橋梁形式,測定箇所, 融雪剤の影響を受けた構造物の実測定を例に,その有効性を紹介する。

 

 

コンクリート構造物検査への可搬型950keV高エネルギXバンドライナックX線源の適用
   三浦  到   三菱化学(株)    上坂  充   東京大学    草野 譲一   (株)アキュセラ
服部 行也   (株)日立パワーソリューションズ    小野 洋伸   (株)関東技研

On-site Nondestructive Inspection of RC using a Portable 950 keV
X-Band Linac X-ray System
Mitsubishi Chemical Co. Itaru MIURA
The University of Tokyo Mitsuru UESAKA
Accuthera Inc. Jyoichi KUSANO
Hitachi Power Solutions Co., Ltd. Yukiya HATTORI
Kanto Giken Co., Ltd. Hironobu ONO

キーワード 非破壊検査,工業用X線装置,コンクリート,コンクリート構造



1. はじめに
 社会インフラ,産業インフラの経年化対応は,今や社会トレンドと言っても良い。橋梁等に代表される社会インフラは, 1970 年代の高度成長期にその多くが建設された。一般に構造物の寿命は概ね50 年とされているため,2020 年前後に一挙 に社会インフラ老朽化が顕在化する。社会インフラの維持管理・更新等のコストは約4 兆円/年に達しているが,図1 に示し たように今後約20 年間で2 倍近くに達するとの予測もある。一方,産業インフラは,経済基盤となる発電所・製油所・ガ ス貯蔵施設・製鉄所・化学工場などのコンビナートがその代表的な設備であり,主に民間事業者により維持管理されてい るが,国の経済基盤を支える重要設備であることから社会インフラ同様に公共性が高い。図2 に示したように,産業イン フラ設備は,社会インフラが建設された1970 年代の高度成長期に建設されたが,1970 年代以前の1950 年~ 1960 年代に建 設されたものもあり,それらは既に建設後50 年を経過している。

 

変形分布計測によるインフラ構造物診断技術の開発
    李  志遠/津田  浩    (独)産業技術総合研究所

Development of Infra-structures Diagnosis Technique based
on Deformation Distribution Measurement
National Institute of Advanced Industrial Science and Technology Shien RI and Hiroshi TSUDA

キーワード 全視野変位計測,サンプリングモアレ法,位相解析,インフラ構造物,診断技術



1. はじめに
 近年,大型機器・構造物の事故が問題となっている。例えば,2004 年8 月の我が国における原子力発電プラント配管の減肉 による破裂事故や2007 年8 月の米国ミネソタ州での橋崩落事故などが挙げられる。また,2011 年3 月11 日に発生した東 日本大震災(東北地方太平洋沖地震)により多くの橋梁,発電プラントや化学プラントなどのインフラ構造物は大きな損 傷を受けている。加えて,今後,社会インフラの老朽化は急速に進むことから,経年劣化による被害発生の可能性が指摘 されている。
 産業プラントや橋梁などのインフラ構造物の場合,検査される対象物のスケールが大きいこととさらに検査すべき箇所 が多いことから,従来の点計測の接触式変位計やレーザ変位計では検査に要する時間,装置コストと人件費が膨大になる 問題がある。そこで,デジタルカメラを用いて,撮影範囲内の変位分布を高精度かつ瞬時に測定できる光学的全視野計測 法1),2)は有効であると考えられる。
 本稿では,最近開発した光学的手法の1 つであるサンプリングモアレ法3),4)による微小変位分布計測の原理を説明し, 発電所内で稼働している高温配管の熱変形計測5)の実施例を紹介する。実測された変位分布情報に基づいて,今後インフ ラ構造物診断への応用の可能性を示唆する。

 

無線計装によるプラント設備の保全業務革新
    長谷川 敏  横河電機(株)

Innovation in Maintenance of Plant Equipment by Wireless Instrumentation
Yokogawa Electric Corporation Toshi HASEGAWA

キーワード 無線センサ,モニタリング,国際規格,ISA100.11a,現場作業支援,拡張現実



1. はじめに
 近年,石油コンビナートなど素材産業の工場で事故が相次いでいる。事故に至る背景には工場の生産設備の高経年化が 挙げられる。さらに,これまで工場の保全を支えてきた団塊世代の熟練技能者の定年退職に伴い,運転・操作上のミスな どの技能伝承の難しさを背景とした人的要因(ヒューマンエラー等)による事故も後を絶たない。こうした工場では激し い国際競争環境の下で高い稼働率と安全・安定操業を両立することが求められおり,高経年化設備を管理する保全業務の 責務はより一層高まっている。
 今日,このような課題を解決すべく保全業務の効率向上を目的とした現場のオンライン監視や設備診断技術のさらなる 高度化の研究開発が進んでいる。特に無線センサネットワークは広大な工場内に設置された生産設備の健全性をオンライ ンで常時監視する技術として注目されている。国内においても既に各所の製造現場に無線センサネットワーク技術を利用 した無線計装システムが導入され生産設備の保全管理に寄与している。本稿では工業用無線センサネットワークの最新技 術動向を紹介するとともに,無線技術とICT(情報通信技術)の連携による保全業務革新の取り組みについて述べる。

 

920MHz 無線マルチホップネットワーク技術の解説と産業プラント/社会インフラの健全度モニタリングへの応用例
 橋爪  洋  沖電気工業(株)

920 MHz Multi-hop Wireless Network Technology and its Application to Health
Monitoring of Industrial Plants and Infrastructures
Oki Electric Industry Co., Ltd. Hiroshi HASHIZUME

キーワード 構造物,橋梁,通信システム,無線通信,振動センサ



1. はじめに
 昨今,橋梁や道路,トンネル等の社会インフラにおける構造物,及び,産業インフラにおける各種設備の健全度を,無 線センサネットワーク技術によってモニタリングするシステムの活用に期待が高まっている。
 日本では高度成長期を経て数多くのインフラ設備が建設され,今後,老朽化を迎えるインフラ設備件数が急増し,すべ て修繕または再建を行うには莫大な費用を要する。人手による点検を行うことで,事故防止や災害の対策が取られている が,老朽化インフラの急増による点検にかかる費用の増大,専門技術者の不足,人的ミスの可能性などが課題として指摘 されている。これらの課題に対し,センサ技術及び情報通信技術を活用したモニタリングシステムの導入により,構造物 に設置した振動等のセンサデータを長期的に収集,分析し,構造物の劣化を予測し,補修工事等の保全業務を効率化する ことが重要となる。また,社会インフラが抱える課題と同様に,プラント等の産業インフラにおいても発電設備やポンプ等の 高い信頼性を求められる設備類では,その健全度の維持と長寿命化を担保する仕組み作りが重要であり,同種のモニタリ ングシステムの活用が期待される。
 ここで必要となるインフラ健全度モニタリングシステムは,構造物等にセンサを取り付け,ネットワークを経由してセン サデータを収集して分析するものであるが,数多くの構造物等に導入するためには,センサ機器や設置工事にかかるコス トの低減と確実に情報収集するための信頼性の両立が課題となる。
 この課題に対し,無線センサネットワーク技術を活用し,配線の工事費を低減し,かつ,信頼性の高い通信を可能とし た新たなモニタリングシステムの実現が期待される。本稿では,無線センサネットワーク技術として特に注目され,活用 が期待される「920 MHz 帯無線」と「無線マルチホップネットワーク技術」について解説するとともに,これら技術の製 品化事例及び,応用例を紹介する。

 

論文

黒鉛粒子を用いたリチウムイオン電池のガス放出によるAE 発生メカニズムの推定
   松尾 卓摩/薮内 紀仁

Estimation of AE Generation Mechanisms Excited by the Gas Evolution in Lithium

Ion Batteries with Graphite Powder

Takuma MATSUO and Norihito YABUUCHI


Abstract


In order to develop the degradation detection method in lithium ion batteries by acoustic emission (AE), the AE generation mechanism using gas evolution was studied. The characteristics of AE generation from different types of negative electrodes were first compared. AE events decreased as the cycle number increased in all tests. The decreasing rate varied with the battery structure. The AE generation rate in one cycle was consistent of the potential that the lithium ion inserted into the graphite. However, the AE generation rate was constant in the battery that degradation occurred. The AE generation mechanism from gas evolution was then studied using AE and local observation by microscope. Gas bubble movement and connection was successfully detected by microscope and AE signals were generated at the same time. The AE source was located from negative electrode, however, the AE source changed when the battery rotated. These results indicate that AE signals were generated by gas bubble moving and connecting.

Keyword Lithium ion battery, Acoustic emission, Graphite powder, Gas evolution



1. 緒言
 リチウムイオン二次電池は高い重量エネルギー密度や体積エネルギー密度を有するなどの利点から,電気自動車や航空 機用蓄電池への応用が進められている。また,風力発電や太陽光発電設備と併用したエネルギープラント等の大型装置へ の応用が期待されている。しかし,電解液の漏えいや電流,電位制御の誤りによる異常発熱などによって電池が変形や発 火する危険がある1)−3)。そこで,電池の状態をリアルタイムにモニタリングし,電池内部の異常を早期に発見する非破壊 検査技術が求められている。リチウムイオン電池の劣化検出,評価手法に関して様々な報告が行われているが,多くは充放 電中の電位や電流値から電気化学的な推論に基づく評価である1),4)。そのため,電池内で局所的・過渡的に発生する現象 をリアルタイムで特定することは難しい。
 そこで,電池内部で発生した異常をリアルタイムでモニタリングを行う手法として,アコースティック・エミッション法 (以下,AE 法)を用いたモニタリング手法が注目されている。AE 法を用いて材料内で発生した負極材料の損傷や内部での電 気化学的反応によって生じたガス発生によって放出される弾性波を検出することで,電池内部で発生した現象を推定でき ることから多くの研究成果について報告されている5)−7)。著者らもこれまでに,高配向熱分解グラファイト(HOPG)を 負極として用いた実験用リチウムイオン電池の充放電中のAEモニタリングによって電池内部現象と発生するAE 波の関係 を調べた。そして,電池に短絡が生じる前駆過程でガスが発生し,そのガス発生によるAE が多く検出されることなどを 明らかにした8),9)。しかし,電池内部で発生した現象とAE波形の対応は実験中の電位の情報を元に推定したものである ため,ガス発生によって生じるAE の発生メカニズム推定を行うことができなかった。また,実験で使用したHOPG は実 際の電池で使用されている黒鉛粒子を用いた負極とは構造が異なるため,得られた結果が実際の電池にどの程度応用可能 であるかは不明であった。
 そこで本論文では,一般的なリチウムイオン電池で使用される黒鉛粒子を用いた試験用電池を作成し,電池の種類や構 造とガス発生によるAE の発生挙動の関連性を調べた。また,内部が可視構造となっている電池を用いて,ガス発生によっ てAE がどのようなメカニズムで放出されているかを推定した結果について報告する。

 

 

     
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