機関誌「非破壊検査」バックナンバー 2019年09月度

巻頭言

「非接触超音波材料評価」特集号刊行にあたって 林 高弘

 非接触での非破壊検査・評価技術としては,最初に光学カメラや赤外線カメラなどを用いた手法が思い浮かびます。次に,X 線に代表されるような放射線検査です。いずれも電磁波なので空中を伝搬させるのは容易ですが,超音波のような応力波・弾性波になると状況が異なります。弾性波は周波数が高くなるほど空中での減衰が大きく,MHz 帯域の超音波は空中をほとんど伝搬しないと言ってもよいかもしれません。さらに,空気と固体材料の音響インピーダンスの差が非常に大きいため,空中を伝搬させた超音波を固体材料中に進入させて,その固体材料内部を評価するというのは不可能とされてきました。その意味で,超音波による固体材料の検査・評価は探触子を接触させて行うものというのが常識でした。接触媒質に水を使えば,探触子から対象物体まで数cm から数十cm 離すことが可能となり探触子の走査も容易となるので,水浸法は汎用的に使われてきましたが,水が接するという意味では非接触法とは呼べないものでした。
 そんな中,電磁超音波探触子は数mm 程度のリフトオフながら,非接触での計測が可能ということで,非接触超音波材料評価の先駆けとして製造現場で広く利用されました。またレーザを超音波の発生,受信に用いるレーザ超音波法は,1980 年代よりさかんに研究され,Laser Ultrasonics: Techniques and Applications(C. B. Scruby, L. E. Drain 著,1990)はこの分野のバイブル的な名著となっています。光学分野の進歩は目覚ましいものがあるので,今後も発展が期待できる技術だと考えます。空中超音波法は,圧電探触子から空中に放射された強力な超音波を固体材料内部にまで進入させ,再度空中に漏洩してきた微小振動を圧電探触子で受信するという方法で,センサ製造技術の進化により実現できるようになってきました。
 今回の特集企画「非接触超音波材料評価」は,2016 年度~ 2017 年度に実施していた特別研究会「超音波による非接触材料評価研究会」の活動に基づくものであり,その中でご発表いただいた5 名の先生方に執筆を依頼しました。レーザ超音波法に関する特別研究会が非破壊検査協会に最初に立ち上がったのは1996 年とのことですので,それからすでに20 年以上経過しており,レーザ超音波を含む非接触超音波計測に関する特集号は今回で11 巻目となります。その間の解説記事を読み返すと,非常に読み応えがあり,これからレーザ超音波法・非接触超音波計測に取り組む方々にはぜひこれらすべてを取り寄せて熟読いただきたいと思います。
 第11 巻目の今回の特集号も,非接触超音波による材料評価技術の発展の歴史として,現在の皆様だけでなく,数年後,数十年後の世代にも読んでいただけると思っております。その貴重な解説記事を執筆いただきました先生方ならびに編集にご協力いただきました皆様方には深く感謝を申し上げ,巻頭の言葉とさせていただきます。

 

解説

非接触超音波材料評価

レーザを援用した超音波パルス検出による水温および室温の非侵襲計測
仙台高等専門学校 高橋 学
長岡技術科学大学 井原郁夫 渡辺弘和 阿部将典

Non-invasive Measurements of Water and Air Temperatures by Laser Assisted
Ultrasonic Pulse Detection

National Institute of Technology, Sendai College Manabu TAKAHASHI
Nagaoka University of Technology Ikuo IHARA, Hirokazu WATANABE and Masanori ABE

キーワード:非侵襲計測,水温,室温,超音波パルス法,レーザドップラ振動計,温度計測

はじめに
 物体内部を伝搬する超音波を用いて内部欠陥や物理特性を非破壊的に同定する手法は日本においても1950 年代から検討されており1),その有効性から現在においても様々な用途へ応用されている。超音波による非破壊計測において,超音波の励起には超音波探触子が用いられ,超音波を測定対象に伝達させるにはグリセリンや油を主剤とした接触媒質を用いるか,または水中での超音波計測(水浸法)が必要となる。これらの方法では比較的SN 比の高い超音波計測が可能である半面,産業上の活用においていくつかの問題がある。例えば,接触媒質の塗布ならびに除去作業が煩雑であること,探触子と測定対象との接触面の不均一性による測定の不安定性(再現性の欠如),プローブや接触媒質の耐熱性限界による高温場への適用の困難性などが挙げられる。また水浸法においては測定対象を水に沈めるための設備が必要となる。
 近年,これらの問題を解決するために,電磁超音波,空中超音波,レーザ超音波法などの非接触法が精力的に検討されている。レーザを活用した超音波計測は数多く提案されており2),3),磁わい型センサを用いて配管に励起したガイド波の伝搬を可視化するもの4)や,アルミ板にパルスレーザで励起した超音波を空中超音波で計測するもの5)など,様々な報告がある。レーザを用いて超音波伝搬を測定する手法もいくつか報告されており6)−9),超音波の可視化10)− 13)やセンサ設計14)への活用が期待されている。これらの手法は,水中でのレーザの照射位置を変更することで,その位置に応じた水中での超音波を検出することができる。
 著者らは超音波をレーザで計測する方法を用いて物体内部の温度を計測する手法を検討している15)。温度は物体の特性や挙動と密接に関連するため,工学,工業の幅広い分野においてその把握が重要である。通常,温度計測には熱電対やサーミスタなどを用いた接触法や赤外線を用いた非接触法が広く用いられている。しかし,物体の内部温度を計測する場合,接触法ではセンサを物体内部に挿入する必要がある。非接触法では原理上,その適用は表面温度の計測に限られる16)。物体内部の温度を非侵襲的に時間応答性良く測定できれば,様々な場面で有益であることは言うまでもない。そのようなニーズを満たすために,超音波法の適用が試みられている17)− 21)。その原理は,材料を伝搬する超音波の音速が温度によって変化することを用いるもので,材料内部を伝搬する超音波を用いた内部温度分布測定22),23)や,材料表面を伝搬する表面波を用いた表面温度測定なども報告されている24)− 26)。これらの手法は物体内部温度の非侵襲測定を可能にするもので,従来の熱電対や赤外線法を補う手法として新たな展開が期待されている。
 本稿では,水中を伝搬する超音波パルスをレーザで非接触検出する簡便な方法について,その原理と実施例を概説する。次いで,その手法を用いた水中の任意空間での水温測定について紹介する。さらに,同様の手法を室温計測に適用した例についても紹介する。

 

レーザ超音波を用いた溶接インプロセス検査
東芝エネルギーシステムズ(株) 菅原あずさ 星 岳志 山本 摂

Welding In-process Monitoring Systems Using Laser Ultrasound
Toshiba Energy Systems & Solutions Corporation Azusa SUGAWARA,
Takeshi HOSHI and Setsu YAMAMOTO

キーワード:レーザ超音波,溶接,非接触法,表面波法,溶接欠陥

はじめに
 溶接技術は,製造現場において重要な加工技術の一つであるが,融合不良やブローホールなどの溶接欠陥が発生するリスクがあり,品質の確保にはこれら欠陥の高精度な検査技術が必要である。一般的に溶接部の検査は溶接施工後に行われ,浸透探傷試験(PT:Penetrant Testing)による表面検査,超音波探傷(UT:Ultrasonic Testing)や放射線透過試験(RT:Radiographic Testing)などによる体積検査が知られている1)-3)。施工後の検査で欠陥が検出された場合,溶接部の切断,開先再形成などの再加工が必要となり大幅な後戻り工程が発生する。
 著者らは,後戻り工程の発生を抑える方法として,図1 のような溶接施工中に溶接部を検査するインプロセス検査を提案してきた。本技術は,溶接施工中に高温となっている対象物へ適用するため,非接触で超音波を送受信できるレーザ超音波法(LUT: Laser-Ultrasonic Testing)4)を用いている。LUTの表面波を用いた表面検査技術は原子力発電プラント構造物等で適用実績を上げており5),6),体積検査技術についても溶接ロータにて肉厚150 mm 以上,温度200℃以上となる溶接部に発生するφ 1.6 mm 欠陥の検出を実現してきた7)- 14)。本技術のように溶接中に検査をする場合,欠陥が発生した段階で一旦溶接を止め,欠陥近傍のみを除去・再加工した後,溶接工程へ戻す。そのため,従来の溶接施工後の検査に比べて欠陥補修に要する後戻り工程を削減できる。このようなインプロセス検査は様々な製造技術の品質評価に適用可能であり,積層造形法による複雑形状部品の製造中検査に向けた開発なども進めている15)- 17)。
 現在は,LUT を用いた溶接インプロセス検査技術の適用拡大を目指しており,自動溶接機と連携したインプロセス検査技術開発など,検査システムの可搬化に注力している。従来の検査システムは,超音波発生に使用する短パルスの高出力レーザ装置が大きいなどの理由から,図2(a)のように,溶接トーチおよび検査位置が固定され,溶接構造物自身が移動・回転する体系に適用先が限られていた。システム可搬化の取り組みとしては,1 kg 以下の超小型マイクロチップレーザ18)を利用した溶接検査技術の開発例があるが19),著者らは超音波の発生に使用する送信レーザをファイバ伝送化する手法を試みた(図2(b))。ファイバ伝送の場合,高エネルギーのパルスレーザを入射するとファイバ端面に損傷が発生するため,伝送エネルギーは低下せざるを得ない。それに伴い発生する超音波の強度も低下するため,検出感度の低下が懸念される。そこで,超音波の伝搬距離を短くすることで減衰を低減する受信配置を新たに考案した。本稿では,はじめに波動伝搬シミュレーションにて考案した受信配置の妥当性を確認し,溶接試験体にて性能を評価した結果を紹介する。さらに,ファイバ伝送したレーザ光を照射点に集光するための光学プローブおよび自動溶接機に追随して移動可能な走行ユニットを用いて,実際に走行中に探傷した結果について報告する。

 

微小な割れの検出を目的とした点集束型電磁超音波センサの開発
大阪大学 中村暢伴

Development of Point-focusing Electromagnetic Acoustic Transducer
for the Detection of Small Crack

Osaka University Nobutomo NAKAMURA

キーワード:電磁超音波センサ,応力腐食割れ,配管,ステンレス鋼,SV波

はじめに
 原子力発電所などでは耐腐食性の観点からステンレス鋼材が使われるが,配管などの溶接部近傍においては応力腐食割れが発生することがある。このような微小な割れの早期発見は,発電所などの構造物の管理において重要な課題である。
 配管内面に発生する割れの検査には,一般に超音波探傷が用いられる。配管の外面に設置されたセンサから超音波を入射し,割れからの反射波(エコー)を測定して割れの発生や進展を評価する。センサとしては圧電センサが使われるが,センサを試験体に押し付けてセンサ内部で発生した超音波を試験体へと伝えるため,試験体の表面状態や押し付け圧力,検査員の技量などに検査結果が影響を受けやすく,再現性の高い検査ができない恐れがある。このような問題を解決するセンサとして,電磁超音波センサ(Electromagnetic AcousticTransducer:EMAT)がある1)−5)。EMAT は試験体表面に渦電流を発生させるコイルと,静磁場を与えるための永久磁石で構成されており,試験体表面にローレンツ力や磁歪を使って振動を励起し,超音波を送受信する。音源を試験体表面に作り出すため,非接触での計測が可能であり,試験体の表面状態や接触圧力などの影響を受けにくい。また,音響結合剤を必要としない。そのため,圧電センサに比べて再現性の高い計測を実現することができる。一方で,圧電センサに比べると送受信効率が低い。ステンレス鋼のように電気抵抗が比較的大きい金属に対しては,渦電流の浸透深さが深くなり,励起超音波の波長に近づくために送信効率が低下する。
 このような課題を解決するために,過去には複数の音源で励起されたSV 波を材料中の焦線に同位相で収束させる線集束型EMAT が開発されており,アルミニウム合金や鋼中のスリット欠陥の検出に成功している6),7)。このセンサの空間分解能をさらに高め, 微小な割れやピット形状の欠陥を有意に検出できるようにするために,これまでに点集束型電磁超音波センサ(Point-Focusing EMAT:PF-EMAT)の開発を行ってきた8)− 11)。本稿では,これまでに開発したPF-EMAT の概要と,PF-EMAT の欠陥検出能力について解説する。

 

ImPACT プログラムにおける超小型パワーレーザの開発と展開
東芝エネルギーシステムズ(株) 三浦崇広
大学共同利用機関法人 自然科学研究機構 分子科学研究所 佐野雄二

Development of Ultra-compact Power Lasers in ImPACT Program
and its Applications

Toshiba Energy Systems & Solutions Corporation Takahiro MIURA
Institute for Molecular Science, National Institutes of Natural Sciences Yuji SANO

キーワード:ImPACT プログラム ,パルスレーザ,超小型化,製品化,レーザ応用

はじめに
 革新的研究開発推進プログラム(ImPACT)は実現すれば産業や社会のあり方に大きな変革をもたらす科学技術イノベーションの創出を目指したプログラムであり,内閣府総合科学技術・イノベーション会議(CSTI)の主導にて,2014 年度~ 2018 年度の5ヵ年にわたり実施された。全16 名のプログラム・マネージャ(PM)がハイリスク・ハイインパクトな挑戦的研究開発を推進してきたが1),その一つである「ユビキタス・パワーレーザーによる安全・安心・長寿社会の実現(佐野PM)」では,X線自由電子レーザ(XFEL)を超小型化するための基盤技術の開発と,高出力パルスレーザの超小型化開発を推進してきた2),3)。
 筆者の一人である三浦は,佐野PM の補佐として2014 年度9 月から2018 年度の3 月まで本プログラムに従事してきた。本稿では,プログラムにおける開発の取り組みや成果の概要について紹介する。

 

レーザ弾性波源走査法を用いた複雑薄板構造の画像化検査
大阪大学 林  高弘  京都大学(現 有人宇宙システム(株)) 中尾 章吾

Imaging of Complex Plate-like Structures Using a Scanning Laser Source Technique
Osaka University Takahiro HAYASHI
Kyoto University (Currently Japan Manned Space Systems Corporation) Shogo NAKAO

キーワード:レーザ超音波,ガイド波,画像化,非接触, 薄板

はじめに
 固体材料表面に強力なレーザパルスを照射すると,レーザ照射点の瞬間的な熱ひずみやアブレーションの作用によって弾性波が発生する。その弾性波は材料中を伝搬し,再度表面に現れた波動はレーザ干渉振動計により検出することができる。一般に,ns オーダの持続時間のレーザパルスを照射して,MHz オーダの周波数帯域を持つ超音波を伝搬させて固体材料の評価に用いることから,この非接触非破壊材料評価手法は,レーザ超音波法と呼ばれ1)−5),非接触で材料評価を可能とする手法として広く研究・開発が進められている。(一社)日本非破壊検査協会においても,1996 年にレーザ超音波法に関する研究委員会が発足し,現在まで基礎研究から実用化研究まで多くの成果が発表されてきた6)− 15)。
 その中で,超音波の励振は,Q-switch 技術によって出力されるジャイアントパルスを適切なレーザ径で対象表面に当てれば比較的容易に実現できる。そのため,曲面や斜面,粗面などでも励振が可能であり,高速走査しながら多点で励振することもできる。一方,超音波の受信は,材料表面に照射したレーザの散乱光を受光して実現されることから,面の向きや粗さといった対象物の表面状態に大きく影響を受ける。現在では,レーザを用いた様々な非接触振動計測手法が開発されており,ごくわずかな散乱光でも干渉計測を実現するとともに,粗面でも計測できる装置が一般的になってきた16)− 18)。
 それでも様々な環境の検査現場に適用する際には,散乱光の受光を必要とするレーザ干渉による超音波の検出の難しさから利用をあきらめざるを得ない場面も多い。
 その中で,超音波の受信を固定点で行い,励振点のみを走査することで,計測安定性を向上させた手法も開発されている。受信デバイスとして超音波トランスデューサを用いても良い場合には信号レベルが飛躍的に向上し,レーザ干渉による場合には散乱光の捉えやすい点を選んで計測すればよいという利点がある。例えば,Northwestern 大学のグループは,表面きずを高感度で検出できる技術として利用しており19)− 21),高坪ら22),23)は,この計測技術から得られる波形から,材料表面を伝搬する超音波アニメーションを構成し,その伝搬状態の乱れから欠陥検出ができる技術を開発した。
 著者らもこれらの先行技術を参考に,平板やパイプといった薄板状材料に現れる減肉やき裂を画像として取得できる技術を開発してきた24)− 34)。本稿では,そのレーザ計測による損傷画像化手法に関し,複雑形状の対象物への適用,画像化分解能に関する検討,拡散場を利用した画像の鮮明化に関する最近の研究結果について紹介する27),31)− 33)。

 

     
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